マジカルねんね!~ドラゴン猟師の非日常~
マジカルねんね!(1)
その日はポカポカ陽気だった。
人々が眠気にまかせてウトウトするのも頷ける。道のド真ん中で何人も何十人も何百人も――
通行人も商店の主人も役人も、みんながその場で横になって寝息を発てる。町の一角だけがシーンと静まり返っていた。
なぜこうなったのか、誰にも分からなかった。断じて町の催し物ではない。老若男女が百人単位で爆睡大会など、おもしろくない。
「あ……」
最初に目を覚ましたのは中年男性だった。
彼は腰ポケットの内袋が露出しているのに気が付いて、そこに入っていたはずの財布を探した。
探しものは自分の脇に転がっていた。中を開けると金貨が見えた。枚数は減っていない。
ホッと胸を撫で下ろすが、
「あれ?小銭が無い。金貨しか残ってないじゃないか。」
なぜか数十枚の小銭が紛失していたのだ。小銭だけが。
その周りでも「お金が無い!」「小銭が盗まれた!」「番所に通報してくれ!」などと町人らが騒ぎ始めた。
「変だぞ?どうして大きな金だけ残ってるんだ?」
その偏った被害状況に首を傾げる者もいた。
――それは、ある晴れた日の出来事。
事件の内容は、パラミレニア王国クラットの町において数百名の住民が眠気に襲われ、目を覚ますと小銭だけを失っていたというもの――
「昨日発生した昏睡強盗事件の事は、すでに聞いていると思うが。」
ご領主セビン・クラット様は、とても大柄な人だった。
城の謁見の間に据え付けられた玉座も、彼の体格に合わせた特注品に違いない。服装のほうは、両肩を見せて筋肉美を強調したベストを愛用している。
「はい。」
あたしは一段低い位置で畏まった。
革製の鎧や手っ甲、具足などを着けた剣士姿だ。剣は鞘ごと抜いて右手に持つ。長い黒髪は、いつも頭の後ろで結わえてある。
あたしの隣では弟のタムがつまらないそうに他所見をしていた。
格好は町人風で、武器は左右の腰に一本ずつ下げた短剣のみ――あたしよりも小柄で、短い茶髪を立てた髪形だ。
「朝早くから済まないな。其方らの父上は急用で来られないそうだ。そこで、パックス姉弟に仕事を頼むことになった。」
あたしたちは父の代理として呼ばれたのだ。
「申し訳ございません。父の都合で、お手をわずらわせまして。」
「いや、其方が謝ることはない。二人の仕事ぶりは良く聞いている。」
「いえ、そんな。」
少し戸惑った。
セビンとの交流はほとんどなく、お誉めの言葉をいただくのは初めてだ。
「事件の話だが――」
「はい。」
慌てて気を付けの姿勢に戻る。何か無礼があっては父に迷惑がかかってしまう。
「ぜひ調査を行って欲しい。内容が内容だけに、魔物が絡んでいる可能性もある。」
「魔物、ですか。」
「任務には危険が伴うやも知れんぞ。その覚悟があるなら――」
「喜んで、お引き受け致します。」
「うむ。では、プルニコ・パックス。」
名前を呼ばれて、あたしは顔を上げた。
「タムル・パックス。」
弟はビクッとして前を向く。
「――其方ら姉弟に、我がクラットの町で発生した昏睡強盗事件の調査を命ずる。」
「ははあ。」
あたしは片手を胸に置いて頭を下げたが、タムは突っ立ったままだった。
横目で弟を睨み付けても効果は無かった。
早速、あたしたちはクラットの町で聞き込みを始めた。
「急に眠くなって、気付いたら小銭がなくなってたんだ!」
「眠くなる前に、何か光のようなものは見ませんでしたか?」
メモ帳に中年男性の証言を書き留めながら、捜査官としての定形文を繰り出す。
「戻ってくるんだろうなぁ!小銭でも、やっぱり盗られると困るんだよ!」
うーむ、面倒くさいタイプの被害者か。
「質問に答えて下さい。」
「なあ、犯人捕まえてくれよ!絶対に捕まえろよ!分かってんだろうなぁ!」
まるで、あたしが悪かったみたいに。「フゥ~」と溜息を吐いてメモ帳を閉じる。
あたしはタムの肩を叩いて雑踏のほうを親指で指し示した。
「おーいっ、待ってくれよ!」
慌てる中年男性を尻目に、あたしたちは人込みの中に消えた。
「頭に来る!」
思わず眉間にシワが寄る。ちょうど商店街に入ったところだ。
「自分の事ばっかり!」
「よせよせ~、小ジワが増えるぞぉ。」
今まで黙っていたタムが即行で茶々を入れた。
頭の後ろに両手を置いたポーズだ。これは弟の癖なので覚えておいてほしい。
キッッッ!
あたしが刺すような目線をプレゼントしてあげると、
「ヒッッッ!」
タムがビクッと震えて固まった。
弟がオチャラケて、あたしがツッコミを入れて、弟がオシッコをチビる――これは私たち姉弟の恒例行事である。
――聞き込みを始めて一時間後、あたしたちは重要な証言を得ることになる――
「見たんだ!眠くなって、一度は意識を失ったんだけど、だんだん目が見えて来て……」
青年は事件を回想した。
彼は俯せに倒れている。何か物音に気付いて薄目を開けると、そこには――
「そうしたら、目の吊り上がった小悪魔がニヤついた口を開けて、隣で倒れてた女の人のバックから何かを取り出してたんだ!ジャリジャリ音がしてたから、あれは小銭だよ!」
「その後は?」
「たしか、あっちの方へ逃げて行ったと思う。」
青年が指差したのは町外れの丘だった。
――目撃者の証言は一致していた――
商店街での聞き込みを続けていると、年老いた女性が町外れの丘を指差した。
子供もその母親も少年も少女も、みんなが“何か”を見ていた。彼らが指し示した北の方角を、あたしは決意の眼差しで見詰めた。
行ってみるしかないわね。
「姉ちゃん、オレ腹減った。」
ふと横に目をやると、タムが近くの屋台に吸い寄せられていくのが見えた。
給料は大して変わらないクセに、いつもいつもいつもいつも怠けやがって!
「さっき食っただろ、朝飯!人が真面目に仕事してる時にフラフラしやがって!」
タムの両頬を思いっきりつねってやる。
「う~っ、ギブギブ!」
弟はあたしの両手首を掴んで抵抗するが、頬っぺたつねりは五分ほど止まらなかった。
あたしは町外れの丘を見上げた。
そこには真っ白な外壁の建物が何棟も並んでいた。クラット有数の高級ホテル街である。
――小悪魔――か。
犯人は商店街を真っすぐ北へ向かって進んだ。
あたしは来た道を振り返る。所々で蛇行しているが、遥か先まで商店街が見渡せた。
あたしの視界の隅で頬っぺたを赤く腫らしているタムは、まあ……放っておくとして。丘の方を向き直り、三つに分かれた道を目で追う。
もし、あたしが犯人だったら――
「すみませーん。」
ホテルの玄関には誰もいなかった。真正面の受付も空になっている。あたしは脇の壁を叩いて人を呼んだ。
すぐに左側の通路から人が現れた。
「はい、申し訳ございません。私、当ホテルの支配人でございます。只今、立て込んでおりまして。」
駆け寄って来た細身の中年男性は額に汗を浮かべている。
何かあったの?
あたしは通路の方を覗いた。
「あっ、いえ、こっちの話です。」
どうも詮索されたくないらしい。
「お泊まりでしょうか?ダブルの部屋が一つ空いておりますが、お値段の方は少しお高めに。」
「なぜダブル!?しかも、この小僧とぉっ!」
「イイッ!」
あたしのツッコミに退け反る支配人。
「お姉様と一つベットの中でホットな夜を(ハート」
ここぞとばかりに、弟は両手を重ねて頬に宛てがって添い寝のポーズを取った。
ギロリ……!
もちろん、あたしは殺意の籠もった視線を後ろの小僧に向けてやる。
「じ、冗談だってば!」
こいつは最近、調子に乗っていると思う。
「これは失礼を致しました。ご姉弟でしたか。では、ご家族用の部屋が――」
まだ状況が把握できていないようだ、この支配人は。
「あたしは領主任命の調査官プルニコ・パックス。昨日この町で発生した昏睡強盗事件の調査に来ました。」
「ご領主様の!?」
「宿泊者名簿を見せてもらいます。」
「お待ち下さい、困ります!」
支配人の制止を振り切り、あたしは受付にあったノートを奪い取った。タムは頭の後ろに両手を置く例のポーズで歩いて来る。
現場に、ある変化が――それも、とてつもなく大きな変化が生じたのはその時だった。
『ねんねは、こんなまずいゴハン食べられないでち!』
通路から聞こえる怒鳴り声に、タムは反射的にそちらを見た。あたしや支配人も通路の方に目をやった。
そこには小さな女の子がいた。逆さ円錐の鍔付き帽子にマントの格好で、右手には自分の背丈ほどもある杖を――
そして、左手には料理の大皿を持っていた。
女の子の正面に立つ長身で面長のボーイは、ひたすら「申し訳ございません 」と頭を下げ続ける。その横には、女の子を宥めるように女性従業員が立っている。
映像として奇妙な感じがした。
「何度言ったら分かるでちか!えびチリのえびは、背腸がきらいだから一匹一匹抜いておくように言ったでち!」
“えびチリ”とやらの大皿をボーイの顔前に突き出して責め立てる女の子。顔は真剣その物で、寸分のおフザケも無い。
『くだらね~……』
あたしとタムの声が重なった。今日、初めて二人の意見が合った。
「昨日からお泊まりの、ネネ様です。」
ガックリと肩を落とす支配人。
気持ちは分かる。あの女の子が、これまでホテル側にどれだけ無理難題を突き付けたのか、容易に想像できた。
「“ネネ”?」
あたしは宿泊者名簿をめくって、そこに女の子の名前を見つける。
「ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースン?変な名前。」
それが最初の印象だった。
「保護者の方は?」
「いえ、お一人でお泊まりです。」と支配人は答えた。よくもまあ、子供を一人で泊めたものだ。信用の問題とかあるだろ、普通は。
「あんなに小さな子が……」
視線の先でネネはボーイへの理不尽な罵倒を続ける。当分、止みそうにない。
「でも、可愛いなぁ。」
タムは乗り気のようだが、
「あたしは、やめた方がいいと思うけど。」
姉として――いや、血縁者として警告せずにはいられなかった。
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