第31話 劇場悪魔 その3
パイロンは腑に落ちなかった。
100年前、魔女モールスは悪魔を操っているという疑いをかけられて処刑を宣告される。
魔女モールスは処刑を免れるために白い剣を王に献上し、騎士たちに悪魔倒させ、弱った悪魔を、壺に封印した。悪魔を退治した騎士たちは王から手厚い褒章金が授与された。
100年後、再び封印を解かれ、100年のうちに魔力を蓄え凶暴化した悪魔を退治して回る男・・・
その目的は何か?
キロという男と低級な使い魔の心を読んだが明確な目的意識があるとは思えなかった。彼らは天使と呼ぶ銀髪の少女の言うとおりに行動している。
彼女の目的こそが、悪魔を退治する目的に直結するのだろう。
100年間で悪魔の存在すら忘れたこの世界で悪魔を退治しなければならない理由とは何か?
世のため人のためという偽善が理由ならば、なぜ退治するだけで封印しない?
悪魔は不死身、仮に退治されても封印を施さなければ、この世界に充満する魔力を蓄えて10年程度で力を取り戻すだろう。
謎だ・・・一体何のために悪魔を退治するのか?
パイロン「知りたい・・・すべてを知った上で・・・この奇妙な物語の結末を・・・私自身の手で書き記したい」
劇場悪魔は「天使を殺せ」と言い放ちキロの前から姿を消した。
キロはこの近くにいるであろう天使を探すべく、でたらめに町を徘徊していた。
天使はいつも近くでキロと使い魔の様子をうかがっているはずだったから
使い魔「キロさん、まさか本当にご主人様を・・・奴が同士討ちを狙ってたとしたら」
キロ「俺が死ぬことお前は知ってたのか?」
使い魔「私はそこまで知っていたわけじゃありません。・・・ただ、キロさんの体にとって良くないということは感じていました。」
キロ「つまり、俺を使い捨てにしようと思っていたわけだ」
使い魔「・・・・否定はしません」
キロ「否定しろよ!!」
キロ(あと1年で死ぬ・・・首になった時は、自分の命なんてどうでもいいって思ってたんだけどな・・・自分のため、自分の利益のために生きるんだったら、天使を殺すことが正解なんだろうか・・・)
天使「どうしたの?」
唐突に天使がキロの真横から声をかけた。
キロ「わ」
キロは真後ろに飛びのいた。
天使はまっすぐにこちらを見ている。
キロ「劇場悪魔が言っていた、白い剣の後遺症で俺の寿命はあと1年もないって本当か・・・」
長い沈黙・・・
天使は少し眉をひそめた。
天使が使い魔の方を見たが、使い魔は物陰に隠れておびえている。
天使「・・・・本当よ。・・・むしろ、あんなにたくさんの悪魔をひとりで退治してまだ生きていることに驚いているわ」
キロ「最初から知ってて、悪魔を退治しろって頼んだのか?」
天使「・・・・ええ・・・私では白い剣を扱えないから・・・」
消えそうなその声にはいつもの凄みがなかった。
パイロンは物陰からこっそりとその様子をうかがっていた。
パイロン(あれが天使か・・・浮世離れした容姿をしているが・・・どうしてなかなかただの小娘に見えるが・・・)
パイロン(おかしいな・・・あの娘の心を読む事ができない・・・私が心を読めないのは使い魔より上のクラスの悪魔ぐらいなもの・・・本当に天使だとでもいうのか、くくく)
キロ「あんたを殺せば、助かるとも言っていた。」
天使「それは、嘘よ。私を殺したところであなたは助からない。」
キロ「あんたが嘘を言っていない保証がない。」
キロは剣を構えた。
天使「・・・・私を殺して気が済むのなら、殺せばいい。」
天使はその場に膝まづいた。
キロ「・・・・・」
天使(・・・この男が私を殺そうとしたら・・・そのときは・・・)
跪いた天使の姿はグラナ火山のシスターの姿を思い起こさせた。
悪魔を退治したのは仕方のないことだった。自分は悪魔を倒さなければならなかった。
ここで剣を振り下ろせば・・・今までのすべての悪魔退治が・・・無駄なことになってしまう気がした。
キロは剣をおさめた。
キロ「殺したいわけじゃない。もうあんたの目的について聞くつもりもない。俺はただ悪魔を退治するだけだ。」
天使は一瞬驚いた顔をした。そして申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
天使「・・・そう、・・・悪魔はすぐ近くにいるわ。」
そういうと天使はふっと消えてしまった。
入れ替わるように劇場悪魔が現れた。
周りの風景が様変わりして大きな劇場の観客席にキロたちは立っていた。
パイロン「これが私の二つ目の能力、人間に幻覚を見せる能力です。」
劇場の幕が開き、人形たちが現れた。
「100年前、カルデラの国の王デシベルは、魔女モールスに処刑を免れたくば悪魔を退治せよと命じました。彼女は一心不乱に悪魔を退治し封印した。たくさんの騎士を犠牲にして、ですが、そんな努力もむなしく結局は彼女は処刑されてしまいました。自分の命を顧みず、国のために働いたのに、諸悪の根源扱いされて殺される。それが100年前の真実です。いくら悪魔を退治しても感謝の一つもされないあなたのようですねぇ」
キロ「・・・・・」
パイロン「なんとつまらない茶番でしょう。あなたには失望しました。自分の不幸を受け入れて、死んでも仕方がないなんて、もっと絶望しましょう、もっと苦しみましょう、そうでないと私の心は震えない。」
パイロン「あなたを殺します。悪魔を退治する物語はもっと他の役者にお願いした方が良さそうです。」
劇場悪魔はキロに牙をむいた。
かわるがわる背景が変わる。たくさんのナイフを持ったピエロがキロを取り囲む。
一人づつ始末しようと立ち回るが、キロの剣はすり抜ける。
「ふふ、その子たちはどれだけ切り刻んでも意味がありませんよ?」
幻影というやつだろうか最近はどんな手品空間にも慣れてきた気がする。
パイロンは幻影に紛れてキロの死角に回り込んだ。
パイロン(・・・・死ね)
背中から振り下ろされたナイフをキロは難なく受け止め、振り向いて一閃パイロンを切り捨てた。
パイロン「・・・・なぜ?」
キロ「死角から来るって予想してただけだ。それにあのナイフだけ無駄に力がこもってたし・・・」
パイロン「ああ、残念だ。もっとたくさんの物語を書いていたかったのに・・・」
魔力をすべて吸われた劇場悪魔は小さなサーカスの子猿になってどこかへ逃げて行った。
おじいさんは目を覚ました。
そこはいつものベットの上だった。
声が扉の向こうから声が聞こえる。
おじいさん「まさか・・・」
そこにはいつものように朝食を食べるために家族がならんで座っていた。
おばあさんと息子と息子の嫁と孫と・・・
おじいさんは感極まっておばあさんに抱擁し、涙を流し続けた。
おばあさん「どうしたんです?急に」
孫「おじいちゃん、甘えんぼ!!」
息子の嫁「こらこら」
あはははは
今朝は家族の明るい笑い声が途絶えることがなかった。
キロはますます廃人のようになっていた。
キロ「・・・悪魔を退治する・・・」
使い魔「・・・ああ、キロさん可哀そうに・・・」
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