ひとりでひとりでに魔法少女は戦いに赴く
学校が終わり、家に帰り、いつものように親の用意した食事を食べ、風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かしながら部屋で調べ物をするまほ。
そんな時、まほの机の上に置いてあるコンパクトからピーッピーッと音が鳴り出した。
「魔獣!急がなきゃ!!」
まほはパジャマから私服に着替え、外に出る。
「まほー!どこ行くの??」
まほが出るのを親が呼び止める。
「あ、ごめん、友達から借りた本返さなきゃいけなくて…」
まほは何とか誤魔化し、夜道の中、コンパクトを頼りにダークマターの反応がしたそこへと向かう。
そんな時、キギョウがまほのすぐ側に現れた。
「まほ!滅斗は呼ばなくていいのか!?」
まほは普段滅斗にもダークマター退治を手伝って貰っているが、まほは哀しげな表情で首を横に振った。
「ううん、いつまでも滅斗君に迷惑かけられないから!それにダークマターとの戦いも慣れてきた所だし、大丈夫だよ!!」
まほは常に滅斗に助けられている事に、滅斗に負担をかけていないか等考えていた。
滅斗はいつでも助けると言ってくれているが、魔獣との戦いに傷つき、疲れ、ストレスもあるのだろう。
そしてこの日は連休で一番最後の日、次の学校に備えた時に真夜中の中魔獣と戦わせるとイライラして何か言って来るに違いないと言う引け目もあった。
助けてはくれるのだが何か言って無意識にまほを傷つけてしまうのは滅斗の悪い癖であった。
魔獣がいる所に辿りついたまほ。
そこにはある女性が高い建物から飛び降りようとしていた。
「あれは!!」
やがて女性は建物から力無く飛び降りる。
「危ない!フライト!!」
まほはステッキを飛び降りた女性に向け、魔法を唱える。
フライトとは、人を宙に浮かせる魔法。
女性は空中で止まり、そしてゆっくりと地面に着地する。
女性に駆け寄るまほとキギョウ。
女性の首筋には紋章のようなものがついていた。
「これは…ダースレディの仕業だ!」
とキギョウ。
「ダースレディ?ダークマターじゃなくて??」
まほはキギョウに問う。
魔獣しかいないとまほは思っていたようだ。
「ああ、そいつはダークマターのメスバージョンだ…って覚えてなかったのか!?あれだけ大事だと教えてやったのに!!」
キギョウはまほに毒づくが、徐々に大きくなっていく魔女の瘴気をキギョウは感じ取る。
「のんびり話してる場合じゃない!この建物の中にいるはずだ!やつを倒すぞ!」
「うんっ!」
キギョウはそう言い、颯爽とマンションの入り口に入り、まほもそれに続く。
マンションの中では、既に瘴気が回っていたらしい。
住民の全員がおかしな行動をしている。
「天皇陛下万歳!!」
と叫んだり「日本沈没しろ!!」と包丁を振り回し暴れている男、女性までも笑いながら国旗を踏んづけたりしている。
これ以上ダースレディの瘴気が広がれば大変な事になる!
いよいよダースレディと対面と言う所だが魔女の姿はどこにもない。
「ダースレディはどこなの!?」
キョロキョロしだすまほ。
「そこだっ!!」
そう言うとキギョウは空間を爪でガリっとひっかく。
空気を切っただけのはずだが、そこからはびりっと紙が裂けたかのように空気がびりっとやぶけた。
キギョウにやぶけた空間の中には、そこから生温かい風が吹いていた。
「これは…?」
目をパチクリさせてキギョウに問うまほ。
「こいつは[ダースレディ]のテリトリーだ!ダースレディは異次元の空間を作ってその中に住み着いている!」
キギョウは言う。
ダースレディは[いわゆる巣]を作っていて、それは人では見つけられないし目にも見えるものでは無い。
ダークマターよりも臆病であり、狡猾な特徴を持っているのだ。
しかしキギョウのような魔法生物なる存在や、ベテランの魔法少女はすぐにその在処がわかるという。
「さあ、中に入るぞ!」
手でさらにその空間をこじ開け、ダースレディの巣に潜るまほ達。
そのダースレディの巣の中は、更に異様な背景が広がっていた。
黒い空に赤い雲。
黄色い土にまるで動物かのようにウネウネと動く植物。
そして奥まで進むと、更に異様な怪物がその場に現れた。
スライムのような粘液が頭部にまとわりつき、背には不気味な身体とは対照的なやたら綺麗な模様の羽根、イモムシのような胴体に足は無数に生えている。
どう見てもどこの地球の生命体かわからない、異形の怪物がまほ達の前に対峙していた。
「気をつけろ!こいつが[ダースレディ]だ!」
キギョウはまほに注意を呼びかける。
「えっ!?このモンスターがダースレディ!!?てっきり女の人だと…」
予想外の姿にただただ驚くまほ。
まほは[ダースレディ]と言う言葉から、人間の女性の姿だとてっきり思い込んでいたようだ。
「と、ともかく奴を倒すぞ!!」
まほの緊張感の無い言葉に少しだけ調子が狂うキギョウだが、気を改めてその[ダースレディ]なる存在に戦いを挑んだ。
まほはステッキを振りながら「ホーミング!!」と唱える。
するといくつかの弾(たま)がまほの周りに現れる。
ホーミング、それは自分の周りに弾を出現させ、それを目標にぶつける魔法。
威力は魔法少女の能力によって異なるが、弾は敵に当たらぬ限りいくらでも追いかける。
「いっけえー!!」
まほがステッキを再び振ると弾はダースレディめがけて飛ばされた。
ドドドドドドドドォン!!!
弾がダースレディに命中するとその場で爆破が起こり、そこから煙が撒かれる。
「効いた!!?」
前は煙で見えなくなっているが確かに手応えはあった。
しかし、その煙の中から無数の触手がまほに飛ばされてきた。
「きゃあっ!!」
「まほ!!?」
まほはダースレディに触手で絡め取られ、そしてブンブンと振り回される。
その際、土に叩きつけられたり、硬い岩などにぶつけられたりして、まほの体をこれでもかと言うほど傷つけていく。
「くそっ!!」
キギョウは植物に捕まり、あらゆる所にぶつけられるまほを助けようとダースレディに向かい駆け出すがそこに、別のモンスターが湧き出てキギョウに襲いかかってきた。
それは綿にヒゲの生やした頭部に植物のそれのような胴体のモンスター。
大きな唇のような頭部に子供の落書きのような胴体をしたモンスターなど、様々なモンスターが魔女を守るように立ちはだかった。
「くっ、これは”ダースエッグ”!もう湧いて出て来やがったか!!」
キギョウは歯ぎしりをする。
ダースエッグとは、ダースレディが生むとされるモンスターでダースレディの卵である。
「この状況は流石にヤバイぞ…やはりあいつを呼んで来るしか…!」
想像すら出来なかった事態に、キギョウは[あいつ]を呼びに外に駆け出ることにした。
ーーー滅斗の家ーーー
「あいつから返信ずっと来ないけど、こないだのこと根に持ってんのかな?」
携帯を覗きながら滅斗は考えていた。
相手はまほで、この間キツい言い方で何故魔法少女になったと問い質した事による。
滅斗は相手の為とはいえ、時々きつい言い方をしてしまう時がある。
アドバイスや、相手の事を思って注意をする際やんわりと、オブラートに包んだ言い方で相手を説得すればいいものだが不器用で直情的な滅斗には苦手分野でもあり、そこは反省しているものの中々直らない。
滅斗ははぁーっとため息をついた。
そんな時、窓がどん、どんと鳴りだす。
「ん?」
滅斗はふと窓を覗くが外に映る窓には誰もいない。
再び携帯に目を戻すがそれでもドンドンドンとしつこく窓を叩く音は滅斗の耳から離れようとしない。
ドンドンドンと窓を叩く音は鳴り続き止むことを知らないので滅斗は痺れを切らして窓の鍵を開けて思い切り開けた。
窓の外には誰もいなく、夜空の月が光、閑静な住宅街には家や街灯に光が所々に放たれているだけである。
「な、なんだ?これが噂に聞く[ラップ音]ってやつか?」
滅斗は新しい話題が出来たと学校で友達に教えようとした所、ふと滅斗の着ているジャージから、何かが触れたような感触を覚えた。
「しかしまほだ…能天気なあいつに限って根に持って怒るなんてことは無いはずなんだが云々…」
滅斗は返信をよこさないまほの事を考え一人ゴチるが、ふとベッドに目を向けた瞬間、そこには白い紙とマジックペンが置いてあり、紙には何と字が書かれていた。
紙には「まほが危ない!」と乱雑な字で書かれており、マップも乱雑な地図だが書かれている。
「な、何だこれは…まさか!?」
それを見た滅斗は戦慄を覚えている。
滅斗はまほから聞かされていた。
まほには[クロネコ]と言うパートナーである翼の生えた猫が付き添いで付いており、アドバイスをしたり助けたりする存在がいる事を。
しかしそれは魔法少女の素養のある人物や魔獣にしか見ることが出来ず、まほの唱える「クリア」と言う魔法によってようやく見えるようになると言う事だ。
そのクロネコと言うのはキギョウの事で、先程の窓を叩いたのも白紙に字を書いたのもキギョウが滅斗にまほの危機を知らせたかったからだった。
「こいつは多分クロネコって奴が…まさか!」
はっと気がついた滅斗は描かれた紙を握りしめ、外に駆け出した。
「「まほ!間に合ってくれ!!」」
紙を片手に走る滅斗も、滅斗の前を走るキギョウも、二人ともまほの無事を願い、まほが戦っているマンションへと向かっていった。
ーーーー
一方、まほがダースレディと戦っている異次元の歪み。
そこはダースレディの巣によるダースレディだけの世界で、普通なら魔法生物かベテランの魔法少女にしかダースレディの巣を潜ることは出来ない。
そこでは、ダースレディと戦っているはずのまほはダースレディの硬い蔓のような触手に絡みとられ、あらゆる所に体をぶん回されながらぶつけられ、体は既にボロボロだった。
「も、もうダメだ…色々やりたい事はいっぱいあったけど…これが私の人生だったんだ…」
まほはダースレディに痛めつけられながら今までの事を懺悔していた。
「お父さん、お母さん、今まで私を育ててくれてありがとう…そしてゆきちゃん…まどかちゃん…あの時の約束…守れなくてごめんね…そして滅斗君…」
そんな時、どこか遠くからまほを呼ぶ声が僅かにまほの耳に入った。
その声に僅かに生きる希望を見出したまほ。
傷だらけの体でうつ伏せに倒れていたまほは痛む体でガクガクと立ち上がる。
「私はまだ…負けない…!だって私には…帰る場所があるから…!」
ハァハァと息は荒げ、魔力を散々使い果たし魔力が切れようとしているが、まほはそれでも凛々しい瞳を魔女に向け、戦おうとしていた。
それでも足は痛みで震え、戦える状態とはとても言えない。
魔女はとどめを刺さんと言わんばかりに無数の蔓の鋭い先をまほに向け、一思いにまほにとどめを刺そうとする。
言いやすく言えば魔女はその触手を槍の如く硬化させてまほの全身を串刺しにしようとしていたのだ。
まほが魔女によってとどめを刺されようとした時、あの時のように一人の少年がまほを救いに飛び出した。
それはまほのよく知る人物。
亜流出 滅斗である。
滅斗はドンっとまほを突き飛ばし、まほの命を救う。
力なく倒れるまほ。
しかし魔女のとどめの一撃からは逃れる事が出来た。
「め…滅斗…くん…?」
ゆっくりと起き上がるまほだがまほの瞳には一番見たくないものが映っていた。
なんとまほが見た光景は
まほが一足遅ければこうなっていたという滅斗の姿だった。
「いやあああああ!!!」
まほはショックのあまり泣き出してしまう。
キギョウもその事態は想定外だったらしく、一瞬何が起こったのか混乱した様子をみせていた。
キギョウの目にも、滅斗の変わり果てた姿、そしてまほが動転して泣き崩れる姿が映っており、最も最悪の事態となってしまっていた。
「まほ!戦え!戦わなければお前も危ないぞ!!!」
我に帰ったキギョウは動転して泣いているまほに自身も混乱したまま戦う事を促す。
「いやあぁ!私も死ぬ!私も死ぬ!!」
まほはこんな状況でうずくまり、滅斗と共に生を全うすると言う事を聞かない状態となっていた。
(くそっ!何とかしないと…!)
キギョウは考えながら辺りを見渡すと、まほが戦いの途中で落としたステッキを見つける。
(あれだけは使いたくなかったんだが…)
キギョウは苦虫を噛んだような表情をするが考える余裕も無い。
キギョウはまほに変わってステッキの元に駆け出し、それを拾う。
そして唱えた!
「アルテム!!!」
アルテムとは、奇跡を呼び起こすが、同時に災いももたらしてしまうと言う禁断の秘術。
その為、まほにはその魔法は教えず、自身がいざという時の為に唱えようという事で胸元にしまっていた秘術である。
まさかこのような時に使う事になろうとは誰が想像出来ただろうか。
キギョウも出来ればアルテムを使う事態は起こらないで欲しいと何度も願っていた。
しかしその願いは打ち砕かれた。
禁断魔法アルテム。
奇跡は起こるがとてつもない恐ろしい災いも起こってしまう。
下手すれば自分の命が奪われるかも知れない。
しかしこのような事態にはアルテムを使わざるを得なかった。
果たして…?
キギョウはステッキを手に取ってアルテムを唱えた。
すると魔女は断末魔の咆哮を上げて消滅する。
そして魔女の巣は同時に崩れ、キギョウ達は元の現実世界に引き戻される。
目を瞑っていたキギョウだったが体は硬直し、しばらく動かなかった。
ーーーしばらくしてーーー
「クロネコさん」
ある少年がキギョウの背中を揺すり、無事を確認する。
「クロネコさんったら!」
少年の声にふと我に帰り、ゆっくりと身を起こすキギョウ。
起き上がったキギョウの瞳に映るのは
滅斗の姿だった。
「滅斗…か…」
キギョウは目の前にいる相手、滅斗に安堵に近いため息を漏らす。
「滅斗??私はまほだけど…?」
滅斗はわけのわからない事を漏らす。
「え?滅斗だろ??」
キギョウはまほらしい滅斗に混乱したように声を出す。
「いつまで触ってんだ!俺はここだ!!」
そんな時、何処かから不審な声がした。
キョロキョロと見渡す滅斗とキギョウ。
「ここだっての!」
再び声がしたので、キギョウは手に持つステッキに目を見やる。
「ひょっとして…」
まじまじと見つめるキギョウと滅斗。
「二人してジロジロ見るなってか体動かないけどどうなってんだ!??ってなんで二人がこんなにでかくなってんだ??ってお前ら誰???」
どうやらそのステッキが滅斗の本体のようだった。
「滅斗くん…!????」
初めにステッキの声に驚いたのは今は滅斗の体となっているまほである。
「誰だよお前は??」
ステッキになっている滅斗は目の前が滅斗の本体である事がわからず彼に尋ねる。
「まほよ、薄椅子まほってか私がわからないの??」
両者混乱したように言い争いをする。
わかりやすく言うと今、薄椅子 まほは亜流出 滅斗の体を乗っ取っており、亜流出 滅斗はステッキとなってしまっている。
そして残る薄椅子 まほの本体は無くなってしまっている。
これらはキギョウが一か八かで唱えたアルテムの副作用である。
ともあれこれからはこのような形でずっと過ごさなければならない。
今後どうしなければならないか、どうするべきか益々混乱を極めるキギョウだった。
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