第11話 まどろみ (SF)

 少女はガラスの箱に入っていました。

 青く透明な花に埋もれるようにして、胸のうえに手を組んで体を横たえていました。完全に閉じきらぬ瞳は瞼が薄く開き、今にも目覚めそうでした。

 けれど、箱は冷たく花にも少女の白い肌にも霜が張っているのでした。

 少女を飽かず見つめるジェイはため息をつきました。

 この星にジェイの祖先たちが移住してから見つけた絶滅した先住民の遺物は、すべて博物館に並べられています。

 少女は、先住民が信仰したらしい神の像と一緒に展示室の奥にひっそりと陳列されていました。

 ジェイは少女を見たくて何年も通い続け、いつしか彼女のそばにいたいと思いを募らせました。

 青年になったジェイは念願が叶い、博物館のキュレーターの職に就きました。

 博物館で展示品のメンテナンスをする傍ら、彼女を目覚めさせる手だてを探しました。

 目覚めた彼女はどんな声でしょうか。

 みどりの黒髪は霜が消えたらどれほど艶やかに光るでしょうか。

 起き上がり、ジェイにほほえみかけるでしょうか。

 箱に書かれた文字をなんとか解読したいと、ジェイは日々手探りで学びました。

 そしてついに文字が判読できました。

 霜を消し、箱を温める方法が分かったのです。手順に従い、操作しました。

 花びらが色を取り戻し始めました。

 少女の頬がほんのりと赤くなっていきました。ジェイは箱のガラスの蓋を慎重に開けました。

 花の香り漂いました。

 凍っていた腰までの黒髪がとけ、さらりと白い服のうえをすべりました。

 胸がかすかに上下しはじめ、指先がぴくりと動きました。

 ジェイは息を詰めて少女を見つめました。

 瞼がゆっくりと開かれていきました。黒い瞳の中で光が星のように輝きました。

 ああ、ついにこの時がきたのです。

 ジェイは少女に笑いかけました。

「!」

 やにわに箱からはね起きた少女の目は大きく見開かれていました。

「きぶんはどう?」

 さあ、声を聞かせて。ジェイはできるだけ優しく話しかけました。

 少女は首を二三回ふると、ジェイが止めるまもなく、花を蹴散らして出口通路に向かって走っていって開けた扉の先で……すっと姿が消えてしました。

 ジェイが慌てて駆けつけると、遙か下の屋根に赤い花が散っていました。

「……ああ、あの子は飛べなかったんだ」

 ジェイは一つだけの目をつむり、漆黒の翼で顔を覆いました。




 fin

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