第7話 きみの手をひいて (幻想譚)
きみの手をひいて、祭りの人混みを歩く。
きみの浴衣には、青地に色とりどりの蝶が舞う。黄色い帯は背中で大きなリボンになっている。赤い鼻緒の下駄をカラコロとならしてぼくと歩く。
「ゆうちゃん、りんごあめ」
いつものように、きみはりんごあめをぼくにせがむ。
「あとね、わたあめと、きんぎょすくい」
にこにこ笑う右の頬にえくぼ。ぼくは、きみのいうことを何でも聞いてしまう。
夏祭りといっても小さな集落の盆踊りだ。花火があがるわけでもない。お店をやっている人たちだって、地区の人たちだ。みな顔見知りの仲。だから、お金はいらないのだ。
太鼓の音、笛の音。スピーカーから流れる懐かしい曲調の演歌と歌謡曲。
ゆらゆらと輪になって踊る人々。
年に一度しか訪れることのない、母の故郷。田圃をわたる風には緑の匂いがする。
「ゆうちゃん、きんぎょすくうの見ててね」
りんごあめをぼくに押しつける、きみは小学三年生。ぼくは、もう二十歳をとうにすぎている。
きみはビニールを木枠にはった水槽のまえにしゃがむと右手に金魚をすくうポイを、左手には小さな赤いお椀をもって真剣な顔になる。
ぼくはくるくると変わるきみの顔を飽かず見ている。
大奮闘むなしく、金魚はすくえずにおわる。袖口が水に濡れて台無し。
金魚すくい担当の本家の兄さんから、残念賞で一匹だけの小さなビニールの袋をもらう。
「わたあめ」
ちょっと口をとがらせて、きみはぼくに命じる。
頬に湿った風を感じる。いつの間にか月が隠れている。星空の半分が漆黒の闇になっている。雨雲だ。
「はやく、はやく」
雨が降り出す前に。きみの声がぼくをせかす。はやくお店をみつけないと。
と、ぼくの額に雨粒がぶつかる。
「ゆうちゃん」
あわてて振り向くと、祭りの出店の灯りはすべて消えている。
闇の中から、きみのしろい腕だけが伸びている。その背後、とおくに盆踊りのやぐら。音はなく、ただほのかな灯りのもと、集落のひとたちがみなで踊っている。
ああ、もうおわりなのだ。
「けっこんするの?」
うん、そうなんだ。こんど結婚する。
「わたしがおよめさんに、なりたかったな」
ごめん、約束は守れなかった。
いつの間にか、きみは裸足になっている。小さな手は青白く、爪には泥が詰まっている。
およめさんにしてね、ずっとここにいてね。
幼い日の約束は、かなえられることはない。
だってきみは……。
「いいんだよ、ゆうちゃん」
きみの顔はもう見えない。みないで欲しいというきみの気持ちに答えるかのように闇がきみを隠す。
「しあわせになってね」
たぶん、もう二度と会えない。
一年に一度だけの逢瀬。きみとの夏祭りはこれが最後なのだ。
雨の音。肩にあたる雨粒は大きく激しさを増す。
きみはぼくの手をいちどだけ、ぎゅっと握ると体を翻して皆の踊りの輪に加わる。
ゆっくりと、ゆっくりと踊る。笠をかぶり、鮮やかな衣装で。踊りの輪はいつしか雨で見えなくなった。
ぼくは慰霊碑の前に立っている。
知っている。きみは、あの集落の人々はもういない。
降り続いた大雨は山津波を引き起こし、集落一つを飲み込んでしまった。
さよなら、きみ。
幼かった日の思い出。
ぼくたけが、年をとる。
きみは小学三年生のまま。
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