第5話 木霊 ―こだま― (創作民話)

 鉄砲打ちの嘉助が娶ったのは押し掛け女房だった。どこの生まれともわからぬが、すらりとした体つきで睫毛の長い美しい女だった。

 女房は次々に子を産んだ。早くに二親を亡くして一人住まいだった嘉助がどれほど喜んだことか。

 けれど子どもは、かぞえ三つにもならないうちに皆亡くなった。

 嘉助の悲しみは深く、五人目の子が亡くなってまもなく、女房は姿を消した。

 嘉助は日が高いうちから酒をくらい、家に閉じこもるようになった。

 初雪の降った朝に、嘉助は鉄砲を背負い、槍を手にして山にわけいった。

 豚の革をなめして貼った藁ぐつ、雪をよけるための笠と簑けら。

 しんしんと雪の降るなかを白い息を吐きながら、沢づたいに山奥へと向かった。

 嘉助は森のなかで鹿笛を吹いた。

 ぎゅぅーん……。

 鹿の妻問つまどいを模した音が響いた。

 嘉助はその場から動かずただ待った。

 やがて黄金色の背をした二頭の鹿が現れた。

 番つがいらしく、小さめの鹿の腹はふくれていた。

 牝鹿は長い睫に縁どられた目をつり上げ、嘉助を見た。

 嘉助は不意にすべてを理解した。

 いつぞやりっぱな雄鹿を撃ったことがある。女房が来たのは、それから間もなく……。

 嘉助は顔を歪めて笑った。

 谷間に二発の銃声がこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る