第4話 廻 かい (怪談)
路地奥の廃屋へ入ったのは単なる思いつきだった。夏休みで地元へ帰ってきたはいいが、友人はみな不在だったから。なんとなく暇だったし。
木造二階建ての廃屋、ひさしの上にペンキがすっかり落ちたトタンの看板があった。入り口のは提灯の骨だけが風に揺れている。錆びたレールに乗った引き戸をガタピシさせて開けるとコンクリートのたたきだった。
元は食堂か飲み屋か。左手に厨房とカウンターが向かい合わせになっていて右手は小上がり。日に焼けてささくれた畳が敷いてあった。渇いた流しに古いデザインのジュースの空き缶が数本倒れてた。
店の奥は住居だったらしく、置き去りにされた古雑誌や瀬戸物の皿が割れた窓から入った雨や土埃で白くなっている。
剥がれ落ちた壁、天井が破れて梁がむき出しの座敷。窓のすきまから植物が蔓を伸ばし、廊下に黄色く熟した烏瓜がなっていた。
野良猫でも住み着いていたのか、押し入れの奥にぼろ切れが丸まり、茶色の毛の塊があった。
半世紀前に開発された住宅街は、すでに当時の子どもたちは独立して出ていき、地区には空き家が目につく。
老人が多く住む場所だからか。外からはセミの声しかしない。階下をぐるりと一通り見てあるくと、薄暗く細い廊下のどんつきに階段があった。
そこもまた埃が厚くつもり、一段目に足を乗せると靴底がジャリジャリと音をたてた。
踏み抜いたりしないだろうか、不安に思いながら慎重に狭い一直線の階段をあがると小さな踊り場があって、すぐに磨りガラスの引戸があった。
明るく見えるのは、西日が差し込んでいるからだろうか。
戸のくぼみに手をかけると、拍子抜けするほど容易く扉が横に動いた。
「あ……」
狭い部屋は整えられていた。
窓には色褪せところどころ綻んではいるが、カーテンがしっかりと引かれ、床には赤い絨毯が敷かれていた。
部屋の隅には変色した布団が畳まれ、小さなテーブルは拭かれたように塵ひとつない。
しんと静まりかえっている。
まるで誰か住んでいて、留守にしているだけのようだ。
不意に背中がぞくりとした。
誰かの住まいなんだ……いや待て、下も階段も埃だらけで誰かが足を踏み入れた形跡なんかなかった……。
ここは駄目だ! 振り返り立ち去ろうとした時、手首を掴まれ部屋に引き込まれた。
「ああ!!」
目の前でガラス戸がピシャリと閉じ、何かが叫んで荒々しく階段を下りる足音がした。
……それからずっとここにいる。
出られないのだ。
あの時の声の意味がようやくわかった。
『次な!!』
次は、おまえな。
次を待っている……。
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