挨拶 1-4

首を小さく左右に振っている。


「何か聞いているのですか?」


ヘンリの言葉に彼女は驚いた。


「なぜ私が耳を澄ませていると?」


その疑問にヘンリは溜まりなく答えた。


「私は田舎育ちなので、よく父の狩りで行っていた森で遊んでいました」


「なるほど。耳を澄ませることは得意のようですね」


その後も彼女は耳を澄ませていたが、ある時を境にそれを止めた。


「やっと行ったようですね」


「何がですか?」


「見張りです」


そういうと、彼女は立ち上がって、ヘンリの側に立ち、小さく囁く。


「私もその人たちみたいに皆に頼られる、人のために頑張れるようなことがしたいなぁ」


彼女の言葉にヘンリは反応した。

彼女は“良し”と思った。

そこで彼女はもう一声を飛ばした。


「二十一人の本は面白かったですか?」


彼女のその言葉にヘンリは確信していた。

髪型、そして先ほどの言葉から。


「もしかして、七年前の木の下で会った?」


彼女の顔は、満面の笑みになり、小さくうずくまる。

ヘンリはそれを心配して体を立たせようとした。

しかし、間が悪いのか彼女がヘンリに向かってダイブしてきた。ヘンリは「へ?」としか短い間に反応できなかった。

彼女はヘンリに抱きつくように飛んできて、ヘンリは立とうとしていた。

結果はヘンリを下とする転倒となった。


「いたた。だ、大丈夫で・・・・・・」


ヘンリが痛がりながらも目を開けると彼女が馬乗りでヘンリの上にいた。


「す、すみません。お怪我は・・・・・・」


彼女も目を開けて見ると、自分の今の状況を知った。

・・・・・・。

十秒くらいの間、部屋の中は静かになった。

そして、最初に動き出したのは彼女だった。


「は・・・・・・はわはわはわ!」


「お、落ち着いて。おれ・・・・・・私は何も見ていませんから!」


ヘンリの言葉に彼女は直ぐに横に退く。


「すみませんでした。私が飛びついたばかりに」


「いえいえ。私の方こそ」


互いに釈明したところで、ヘンリはさっきの話に戻した。


「君はあの女の子だよね」


それに彼女は首を縦に振った。


「私はエアベリーシャ・クラスト・フィベルといいます。久しぶり、ヘンリ」


彼女の言葉は既に崩れていた。


「やっぱりそうだよね」


「はい。あなたが領主となってここに来ると聞いたときから待っていました!」


目を輝かせるのは昔の一緒に本を見ていたときとまったく変わっていないようで、彼女が当時の少女だと判断できた。

その時、ヘンリは新たにあることを思い出した。


「さくらの木・・・・・・」


彼女は一瞬「ほぇ?」と声を漏らす。


「あの時、君からもらったさくらの木、しっかり育っているよ」


彼女は意外なところを言われたため、直ぐには反応できなかったが、うれしさを全開にした。


「大事に育ててくれたんだ!」


「頂いたものだからね」


「ありがとう。私のことも憶えていてくれて」


「いや、こちらこそ」


二人は互いに見笑いあう。


「何をしていらっしゃるのですか?」


二人はドアに視線をやる。

ドアは既に開かれており、新たな女性が立っていた。


「エアベリーシャ様。羽目を外すのはいいですが、もう少し静かにお願いいたします」 


「しょうがないでしょ、シャル。久しぶりなんだから」


「そうであっても、領主様ですから」


「あ、あの・・・・・・」


ヘンリが声を二人にかけると反応を示した。


「置いてきぼりにしてごめんなさい。こほん。改めまして、私はヒベス地方を統治するエアベリーシャ・クラスト・フィベルです。これから領主仲間としてリーシャと呼んでね」


ヘンリが頷くと、リーシャは次に、彼女の後ろの女性を紹介した。


「彼女は私の補佐として助けてくれるシャルです」


リーシャの紹介にシャルはお辞儀する。


「シャルティエ・クリヤージと申します。よろしくお願いいたします」


シャルは、リーシャに向かっては困った顔をしたが、ヘンリには笑顔を見せた。


「シャルは小さい頃から私を助けてくれていて、ヘンリも会ったことがあるはずよ?」


“あったかなあ”と頭の中をめぐらせる。

すると、一つの答えに至った。


「リーシャを迎えに来た、あのときの女の子?」


「憶えていてもらえたのですか」


シャルは「ありがとうございます」と再びお辞儀する。

ヘンリは「いやいや」とお辞儀をすることはないと示す。


「私としましても、ヘンリヴァルト様がいらっしゃると聞きまして、リーシャ様と共に楽しみにしておりました。それも、リーシャ様があなたと出会ってからというもの毎日のようにあなたの話を・・・・・・」


そこまでシャルが言うと、リーシャが慌ててシャルの口を塞ぎにいく。


「ちょっと!それは、誰にも言っちゃ・・・・・・」


「しかし、お話していた方ですよ?いいのでは?」


「それでも駄目です!」


リーシャはどうにか防ごうと対処するが、シャルは華麗かれいにかわしていく。

ヘンリは、微笑ましいと思いながらも、“何のために来たんだっけ”と自分の今の立場を考え始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る