挨拶 1-2

朝になってティーベが起こしに来てくれたが、彼の手元には手紙があった。

それは、ヘンリ宛だった。

誰からなのかというような顔をティーベに向ける。すると、淡々と答えがきた。


「お父上様からです」


・・・。

手紙をもう一度眺める。

ヘンリはおかしいと感じた。直ぐに手紙を開けて、文面を読む。


~これはこれから人を治める者にむけて送るものだ~


そんな文から始まった手紙は、父らしからぬ文面だった。

最初は、先達者としての助言や人のありがたさなどの教えが書かれていた。

読んでいる間、なぜだか身が引き締まった。

しかし、手紙が終盤になると内容が一変した。


~さてさて、最後に言わなければいけないことなんだが、私は少しの間、旅に出る~


一気にベッドから転げ落ちる。

ティーベは直ぐに助けようと手を差し出してくれたが、大丈夫とヘンリは手を振った。姿勢を戻して手紙に目をもう一度向ける。



~旅といっても心配はいらない。大いに領主生活を送ってくれ。父より~


最後まで読み終えると、手紙を袋にしまって一度落ち着く。

(旅って・・・いきなりだな)

少しの間、遠くを眺める体勢をとったが、ふと気づくことがあって、直ぐにティーベに尋ねる。


「父さんは今どこにいる?」


すると、ティーベは悲しそうな顔をして答えた。


「今日、まだ暗い時間に出られました」


考えが的中してしまった。一度開いた口が閉じなかった。

父の脱走により、城内は多少騒がしくなったものの、ヘンリが公務で出るときには区切りが付いていた。それは、父さんだからである。あのような性格だから、対策できないのだ。

よって、城のことはティーベ、キリ、ローヌに任せて、ヘンリはお供十人とフィベル領に向かった。


今回行くのは、フィベル領内のガリストという都市だ。そこに領主がいるのだ。ヘンリが暮らす都市より馬で約一日半の距離に位置していて、港町のようである。

順調に海岸線の街道を進み、何も問題なく一日目のフィベル領内の宿舎に着いた。

明日はいよいよ相手領主との面談がある。

緊張のあまり眠れない。

手のひらを十分広げて大きく伸びをする。

それでも眠れない。


「・・・どうしようかなぁ」


考えて答えにたどり着けたら良かったのだが、結果としては何も見当たらなかった。したがって、強行に目を瞑って寝ようと試みた。

最初はやはり無理だったが、自然と眠りがやってきて、数時間後にはヘンリは眠りに着いた。





ヘンリは広い庭の木の下に座って本を読んでいた。

そして、次のページを開くと同時に強く風が吹いた。

その風は、心地よいというよりは強かった。

少しの不快をヘンリは覚えたが、それをかき消すようなものも風は運んできた。


「君、ここは本を読むには場所が悪いでしょ」


女の子の声が聞こえたことに、ヘンリは本から目を放して顔を上げる。すると、薄赤色の服を着た少女が立っていた。

髪は横が長く、後ろは肩につくぐらい。

自分と同じぐらいの歳だろうか。


「部屋の中だと堅苦しいから」


俺は彼女の質問にそう答えた。

しかし、彼女はそれで納得はしなかった。


「部屋が嫌でも建物の影のベンチとかがあるでしょう。ここの町、海が直ぐだから、風が強いのよ?」


腰に手を当てながら、顔を近づけてくる。

良い香りもしてくることに、ヘンリは顔を少し赤らめた。


「でも、ここがなんとなく気に入ったんだ」


自分の中の乱れた気持ちを紛らかすようにヘンリは答えると、「まあ、それなら」と少女は納得した。


「そういえば、何の本を読んでいるの?」


「二十一の権威者についての本だよ。二十一人は国のために働くことで国民を助けていくっていう物語なんだ」


その内容に、彼女が興味を示した。


「その人たちって、そんなに凄いの?」


「うん。だって、その二十一人は全国民を対象とした大会で、各部門の優勝者たちなんだ。そして、王様から名誉の証として、一人一人にあるものを贈ったらしいよ」


「あるもの?」


そういうと彼女は首を曲げる。その表情はなんとも可愛らしかった。


「あるものって何なの?」


「それは書かれてないんだ。たた、二十一人はその贈り物を使って国のために働いたそうだよ」


そう説明すると、彼女はふんふんと理解する。

その後もその本について話が盛り上がり、二人で楽しんだ。

彼らはどのようなことで人々を助けたか。そして、人々は彼らとどのように暮らしたか。

話は次々と進んだが、彼女はある疑問にあたった。


「この話って、本当にあったこのなのかな?」


その質問に、ヘンリも疑問に思った。

確かに、本を読んでいる限り、内容がしっかりしていて、町の名前も実際ある名前と似ていた。


「どうかな? あるようにも思えるけど・・・」


二人は少しばかり考えたが、その顔を見あうと笑いが出てきた。

笑いが収まると、彼女は空を眺めた。


「でも、いいよね。私もその人たちみたいに皆に頼られる、人のために頑張れるようなことがしたいなぁ」


その言葉にヘンリも賛同する。


「そうだね。今は無理かもしれないけど、大きくなったときにできたら・・・」


木の下に心地よさが残る。

風が吹き度に、彼女と話す前では不快にしか思はなかったが、今は快い気持ちがした。

日が真ん中を過ぎた頃、彼女との話が終わろうとしていた。


「今日はありがとう。とても楽しかったわ」


「こちらこそ。また、会えたら良いね」


「そうだね。そうそう、あなたの名前を聞いてなかった。なんて名前なの?」


「ヘンリヴァルト・フラン・シグリー。よろしくね」


次に彼女が名前を言おうとしたとき、ヘンリの意識は遠のいていった。

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