1.挨拶

挨拶 1-1

海側から風が吹き込んでくる。夏が近づく今、心地よさを感じた。

町の近くの森でヘンリは木の実を取っていた。次の木の実を他の木に見つける。ヘンリは深くしゃがみこんで一気に足を伸ばして地を蹴る。目当ての木の枝までは二十メートルはあるが、ヘンリのジャンプは容易たやすくこなした。そして、目の前に赤い木の実を見る。


「これで最後かな」


いくつかなった実を全て採らず少しだけにする。食べるのは自分だけではないからだ。

ヘンリの持つ木でできたカゴの中は他の実も入っており、カラフルになっていた。

ヘンリが木から降りて、一休みしようとしたとき、近くの茂みから何かがいる音がした。ヘンリは、一瞬身構えた。


「もう、ヘンリ様。

私たちを置いて行くなんてあんまりですよ」


「そうですね。

少しは気を遣って私と姉さんに、次はどこに行くか言って下さい」


茂みからは、ヘンリの世話役のキリとローヌが出てきた。

ヘンリは体を木の近くに戻す。


「すまない。

良さそうな木の実があったからな」


ヘンリの前の二人は呆れる。


「本当に分かっているのか・・・」


「心配なところです」


見る限りは余り言っても無理だろうとキリは思っていた。そして、それは本当のこととなり、ヘンリの口から言われた。


「これだけ採れたんだ。皆においしいものを食べてもらえるな」


ヘンリの前の二人は、次には盛大なため息をついた。


「誰が作るのですか」


ローヌが尋ねるとヘンリは大きく笑顔をつくる。


「頼む」


一言だった。

(まったく。この人は・・・)


いつものことだとキリとローヌは顔を笑顔に変える。


「「かしこ参りました」」


二人の了承で話は終わり、場所を森の外に移した後、キリが持っていたバスケットから食べ物や飲み物を出して食事とした。

食事中は最近の城内でのできごとから、キリ、ローヌが町で買出し中に見つけた問題などを話し合っていた。


「そういえば、今年の魚の獲れた量が去年より少ないって、市場でお店の方から聞きました」


ローヌがそういうとキリが付け足す。


「実際、バド港の漁師組合の皆さんからの報告でもそのようなことがありました」


その言葉にヘンリは顔をしかめる。


「不漁か。

去年が多く獲れたというわけでもないからな。これは帰ってから、対策を打たないといけないな」


キリとローヌは「はい」と答え、三人は食事を続けようとした。

しかし、キリは近くの街道上に馬を見た。

それは随分と急いでいるそうで、こちらに近づいてくると城のものだと分かった。

ヘンリたちの近くで馬から下りた兵は、ヘンリの前に行く。

ヘンリたちも立ち上がる。

兵士はヘンリたちの前で屈み、話し始めた。


「ヘンリ様。お父様からのご連絡です」


「何かあったのか?」


「『直ぐに帰ってこい』とのことです」


ヘンリがその言葉に驚くとともに、風の吹く向きが変わった。




城に戻ると、キリ、ローヌと分かれて自室に向かうように言われて向かうと何人かが待っており、「失礼します」という一人の言葉でヘンリの着替えが始まった。

いつもは自分で着替えをしているのだが、重要な場所に出るときには何人かが着替えをするようになっている。

いまの状況からも、何か重要なことがあるのだろうとヘンリは理解した。

着替えが終わると、北の棟、最上階の登頂台に案内された。そこには、ヘンリの父がいた。


「早かったな」


少しの微笑を持ちながら話す言葉にヘンリは疑問を持った。


「どうしたのですか。外には多くの国民が集まっているそうですし。重要な発表があったのですか」


「ああ、あるんだ」


「それは、どういう内容なんですか?」


微笑を保っていた父の顔は真剣な顔に変化した。


「これから皆の前で話すのだから、そこでお前も聞いてほしい」


そう言うと、父は台に上がっていった。

ヘンリも理解できないままながらも、父の後に続いた。




風の下に国内の民、二十万人近くが集まっていた。

ほぼ静寂に包まれた時、王と王子は民の前に現れる。


「今日の体の調子はどうだろうか。

民の皆は家族同然。これから暑い季節となるが、体を無理させず過ごしてほしい」


そのあとも挨拶は続いたが、次の話にはいよいよ本題に入った。


「今日、皆に集まってもらったのは、知らせごとがあるからだ。皆の中に、耳にしている者がいると思うが、明日より、我が国は隣国『アンシャル王国』領となる。

理由としては多岐にわたるが、一番は平和である」


その言葉に多くのざわめきが起こった。

しかし、王は手を前に出して止める。


「これは我が国の発展のためでもある。また、アンシャン王国となったとしても、領主は我が家系となっている。

そこで二つ目の発表となるが、その領主には息子のヘンリヴァルト・フラン・シグリーを任命し、この場を持って戴冠式たいかんしきとしたい」


その発表は民にとっては今日一番の衝撃的内容だった。しかし、一瞬の間があったものの、次には大歓声となった。民は王子を次期領主として認めた瞬間だった。誰もが笑顔に包まれる場であったはずだが、ヘンリは違った。完全に驚く顔となっていた。

新領主の演説は後日となり、王の演説は終わった。




「父さん、どういうことですか?」


ヘンリは未だに、先ほどの演説の内容を一部信じられなかった。

そう、彼には『明日から父に代わって領主となる』という内容を事前に知らされていなかったのだ。

父は笑った顔で答えた。


「しっかり者のお前なら大丈夫だ」


ヘンリは「そうではなく」と直ぐに批判する。


「父さんはまだ四十二歳。まだまだ早いと思います」


「そうか? そんなことはないんじゃ・・・」


父が言い終わる前に食いつく。


「いえ、あります。なぜ、明日からといういきなりなのですか?」


不安がる息子を前に父はため息しか出なかった。


「お前、そんなにこの国・・・いや明日には領地か。まあ、そんなことより、ここが嫌いなのか?」


「そんなことはありません。

ただ、しっかり経緯を話してほしいんです」


ヘンリの身を乗り出して迫っていく行動に、同じ空間にいた執事のティーベがそろそろ止めに入ろうとしていた。しかし、王は執事を止めた。


「経緯か。お前は何だと思う?」


突然の質問に思考が一瞬乱れる。

(父さんが王を辞める理由? あるのか?)

ヘンリにとって父親の性格は穏やか、のんきなどだった。だからこそ、今回は余計に分からなくなっていた。

そして考えた結果を言った。


「分かりません」


どうしても答えは出て来そうになかった。顔をうつむかせた。

その回答に、目の前の王は“父”として笑いながら言った。


「お前がしっかり育ってくれるようにだ」


「え?」とヘンリから言葉が漏れる。


「俺のためにですか?」


「そうだ。お前のためだ。他にも理由はたくさんあるが、まあ、そういうことだ」


父は息子を安心させる大きな笑みを作った。



夜になって、ヘンリはベッドに横たわっていた。

明日から王子でなくなり領主となるのである。父との話し合いが終わった後、ティーベから明日の公務が知らされていた。アンシャン王国のフィベル領の領主に挨拶に行かなくてはいけない。フィベル領はここから北東側にある。

近いとあって、公務で何度か訪れてはいたが、ヘンリは領主にはあったことがなかった。

明日会う人のことは気になることだらけだが、父の言葉が頭に残っていた。

(成長か。そんなことできるのだろうか)

考えているうちに眠気が襲ってきたので、そのまま眠りについた。

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