死児

 その死児しじは信じ続けた


 母が愛してくれる日を


 母が抱きしめてくれる日を


 母が笑顔で話しかけてくれる日を


 その死児は父を見たことがない


 その死児にとって母だけが世界の全てだった


 だが母が愛したのは


 真っ赤な水や黄金色こがねいろの水


 母が抱きしめたのは


 その死児の父では無い男


 母が笑顔で話しかけたのは


 暗い道を歩く背広せびろ姿の男たち


 母はその死児に何も与えなかった


 だがその死児は空腹に耐えるときも


 大声で泣かなかった


 母に愛されたいから


 母に嫌われたくないから


 その死児は知っていた


 母がうるさい声を嫌うのを


 だから黙った


 ただ信じて黙り続けた


 愛してくれることを信じて黙り続けた


 嫌われたくないから黙り続けた


 やがてその死児は疲れ果て力尽き眠った


 母は動かなくなったその死児の前から消えた


 外は雨


 空だけがその死児の為に泣いた

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