幻の常連

@yuremarchan

第1話

偶然コマミはナイターの球場でこの場面に遭遇した。その時ランナーは3塁でストップ。それからしばらくしてレフトからサードへボールが帰ってくる。




2アウトか。まあ、あと1人いるから次に外野へヒットがあれば逆転かな。とにかく3塁の選手がアウトにならなくてよかった。そんな風にコマミ6は思った。




この時ブーイングの嵐状態になっていたサポーターが10席ほどむこうにいた。



どうやらその理由が、レフトまでヒットを飛ばしたのになぜ2塁ランナーはホームへ帰って来ないのか!というものなのだ。その人の周囲はざわざわして伝言ゲームのように伝わってきたのだった。その人の主張は2塁ランナーもリードをもっと大幅にし、監督がホームへのサインを出していればホームインできたはずだというものだった。






だがもし2塁のランナーが、このとき3塁をまわってホームインできなかったとすれば、その回は終わる。そのサポーターはこう言う、「あのレフトヒットなら絶対に3塁をまわれたはずだ、監督交代だ」など独り言とも取れるような微妙な語りかけで、集中力が途切れたと言わんばかりに興奮しながらプンプン怒っていた。大きなタブレット片手にビール、どうやらTV中継も同時にみていたようだ。




サポーターの中の1人がその人に話しかけた。「ではもしアウトになったらどうするのですか?」「もしもアウトになってもええようにするんが監督の器量。みんなが熱くなってチームが進むんや。それがチームワークや。ここのチーム選手も監督もなんか暗いねん!」(あんたにしてみればみんな暗いやろな。)コマミはそう思った。おっちゃんから離れているにもかかわらず文句ともいえる演説は聞こえるのだから。実際におっちゃんのピカピカヘッドはナイターのライトで明るく照らされてまぶしく角度を変えてみると月食のようにもみえた。きっと光るようなワックスを塗っているに違いない。余計なことを考えた。ヒソヒソと誰かが隣の人にこんなジョークを言った。「次の監督はあなたですね。」誰かが吹き出した。




試合は進んでいたしかし、いつのまにか周囲のサポーターはみんな無言のまま何か考える風になってしまった。




猛烈なサポーターの一人がおっちゃんを批判すべくこう言った。


「どのチームもそうなろうとして頑張ってるんじゃないの!?(少しヒステリック気味)」 そう言った後メガホンで選手に向かってリズムよく応援していた。




彼女のおかげで話は振出しに戻る。周囲は少しざわついた。言い放ったおっちゃんの携帯電話が鳴り響いた。「はい、今帰る。わかったから。ヘックション」電話口からはヒステリック風な女性の甲高い声がしていた。結局おっちゃんはいつのまにか満足気に満面の笑みを浮かべてヨロヨロどこかへ行ってしまった。誰もみていないのに、みんなに向かって”じゃあな”のポーズで帰っていった(堀内孝雄のサンキューありがとうに似ていた)。まだ試合も終わっていないのに、もう帰るのか、コマミはおっちゃんが無責任だと思った。あの人どこかで見たような…そういえば前の試合でも辛口の野球解説者の様な事を言って同じように途中で帰って行った人だ!その時はキャップをかぶっていたので今まで全く分からなかったのだった。どうやらおっちゃんはどこのチームのサポーターでもないらしく、”幻の常連”と言われているらしい。毎回球団のハッピやユニフォームを着ているので何着持っているのだと不思議がられている。






コマミはまだ迷っていた。2塁から2アウトにしてとりあえず3塁に進めホームへのサインはださずに、次のバッターに希望を託すのか、それとも一気にホームを意識し、バッターがレフトヒットを打つ前からサインをだしておくのか。



結局その日の試合は勝ったので、コマミは帰り道はそのことはすっかり忘れ明日の旅行に備えてウキウキした気分で帰途についたのだった。


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