出発~到着篇

「どっこいしょ」

 ボクの隣に滑り込んできたのは、大きな丸いお腹がシャツの下からはみ出した太った男だった。

「やあ、どうもどうも」

 男は、大きな体を無理矢理ぐりぐりっと座席にねじ込んだ。おかげで、ボクの席は半分になってしまった。

「ふー、やれやれ」

 白い手ぬぐいで滝のように流れる汗を拭き、男はようやく落ち着いたという表情で、ボクにむかってにっこりと笑った。

「やあ、申し訳ないですな。これでもダイエットしてるのですが、どうも甘いものを辞めることができなくて。…おお、ポッキーですか、やあ、ありがたい」

 近くの席の女の子たちが差し出したポッキーの束をむんずとつかみとり、申し訳程度に二、三本ボクにくれた。

そして、こっそりと辺りを見回し、ボクに顔を近づけてささやいた。

「私は、次元警察の刑事でしてな。世界には、我々の住む世界の他に、異次元空間というのが存在するのですよ。…ちかごろ、その異次元同士をつなぐ曖昧な場所から、別の次元へ逃亡する犯罪者が後を絶たない。そこで、我々のように、異次元の警官同士が連携して、犯人を追いかける機関ができたのですよ」

「…は、はあ」

 ボクは、男に曖昧な相づちを打った。

「私が探しているのは、美術品を収集する泥棒で、通称『青猫紳士』というホシなのですわ。情報によると、ホシはマヲルーダを目指しているらしくてね。まあ、この宇宙船の中に乗り込んでいる可能性もあるわけですわ」

 男は、なんだか嬉しそうににやーっと笑い、胸のポケットから小さな青い猫の写真を見せた。

それが『青猫紳士』というやつらしい。

「どうやら、奴には私の面がワレている可能性があるのですよ。そこで、あなたにお願いなんですがね。トイレに行くふりをして、こっそりこういう感じの男が乗っているかどうか、調べてきてくれませんかな?」

「なんでボクが…?」

「いくら奴でも、あなたのような華奢な娘さんが、まさか自分を捜して歩き回ってるとは思いませんよ」

 ね、ね? という顔で、なんども男はボクをみるので、ボクは仕方なく写真を受け取り、席を立った。


 小さな宇宙船だ。空席もいくつかある。トイレに行くふりをしながら、ボクは乗客の顔をなにげなく写真と見比べたが、青い猫など乗ってはいなかった。

「いなかったよ」

 ボクは帰ってきて男に報告した。

「やあ、ありがとう。では、この船ではないのかな」

 男は写真を受け取り、胸ポケットにしまった。

「そうそう、このことはくれぐれも内緒に」

 ポケットをポンポンとたたき、男はにまーっと笑った。


 ドシーンと衝撃があり、宇宙船が惑星に到着した。

「やあ、それでは失礼」

 男はどっこいしょっとたちあがり、そそくさと宇宙船の出口へ向かっていった。

 ボクは、書きかけのメモ帳をカバンにしまい、男のあとからゆっくりと出口に向かった。

 怪盗がにげていようが、刑事がそれを追いかけていようが、ボクには関係ない…はずだった。

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