一章⑤ 拘束されたままで……

「自警科のみなさま、おつとめご苦労さまです」


 先ほどまで目を回していたアキだった。小柄な彼女がうやうやしく頭をさげながらスカートの両端をつまむと、男たちから気色の悪いため息があふれた。


 この差はなんなのだろう。アキに投げられたのは感嘆、サクヤに向けられたのは銃口。ハートに直撃したらアキはうふふ、サクヤは即死……結論、犬は美を理解できない。

 

 悟ったサクヤは事態を見守ることにした。

 短いスカートをちょんと持ちあげたアキはおとなしくなったサクヤをちらりと見て、駄犬連中にもう一度頭をさげた。


「田村さま率いる対犯罪部隊のご活躍は、わたくしのような端役はやくにまで響いておりますゆえ、生徒会の上にも届いてございましょう。そのように期待される身ならばこそ、つまらない事は控えるべきと献言けんげんいたします」

「あんたは?」

「生徒会の山下アキと申します。ミコトであらせられる桜木サクヤさまの、補佐官を任じられております」


 さげていた頭を少女が戻すと、人垣からざわめきがもれた。

 

――すっげぇかわいいじゃん。あの補佐官、一年生か?


 ちぎれよとばかりに尻尾をふり出した犬どもに、アキは満面の笑みで応える。


「桜木さまは先ほど、警報に不安を募らせる一般生徒の避難誘導をお願いしたのです。ご存知のとおり『ミコト』である桜木さまは生徒会より強権を授かっておりますが、お身内にも等しい自警科のみなさまに命令するなど、まことに心苦し――」

「スカート下げたほうがいいわよ、太ももにキスマークついてるから」


 ぷるぷる震えながら紅葉色に変わった後輩が、つまんでいたスカートから両手を離した。


「……本気で死んでくれって思ったひと、先輩がはじめてです」


 魅入られたように動かない連中の前で、ギンッと両目を開いたアキが仁王立ちになった。


「あんたたちっ、いつまで突っ立ってんの!」

 

 口調が反転したアキに男子生徒たちは顔を見合わせ困惑している。


「穏便に済ませたげるから消えろって、あたしそう言ったんだけど?」


 羽虫を払う少女の仕草が、舌戦開始の合図となった。



「なん、なの」


 勃発した戦の隙間にかすれた声。

 口論掃射をアキに任せたサクヤは声の主へ顔を向けた。女は口角泡を飛ばす自警科の男どもと、公園の入り口でこちらをうかがう一般生徒たちを交互に見つめていた。

 猿ぐつわになっていたツタを外してやっても、遠方の生徒から目を離さない。


「なんで、子どもばっかり……」

「あの生徒たちがですって? ……そう、そういうこと」

 

 先の疑いを確信に変えたサクヤは侵入者に顔を近づける。

 この女は他学区の生徒などではない。それどころか同じ人間ですらなかった。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。はるばるようこそ、別の『街』から来たお方」


 サクヤが寄ると女がびくっと身をすくめた。


「あ、あんたなんなの? ここドコ、ドコよっ!」

「ここはしあわせの国、わたしは正義の味方です」

「わっけわかんない。いいから大人を呼んで! 事故にあったってさっきから何度もっ」

「ほんとうにお気の毒でした。われらが『街』への無断侵入――許されざる大罪ですが、事故であるなら情状を酌量しゃくりょうして」


 ハッとなった女が下を向く。サクヤが伸ばしたつる性植物が足首を絡めとっていたのだ。


「死刑に決まりました」


 にっこり微笑んだサクヤに、土くれをまき散らしながらポプラが歩み寄ってくる。巨大な幹を支えて蠢く太い根は、獲物に迫る大グモに似ていた。


「このポプラはとても喉が渇いているみたい。早く飲ませろって、さっきからそればかり。ご存知でした? 人体の七割は……」


 水、なんですよ――告げたサクヤ口の端が自然と吊りあがってゆく。

 化け物を見る目つきに変わった女の背後で、断罪者が歩みを止めた。

 

 獲物に達したポプラの下方から真っ白な根がざわざわと伸びる。無数の菌糸に触れられた女が怪鳥の叫びをあげるが、強靭な繊維にからめとられた足は一歩も動けない。狂わんばかりの絶叫に震える肌を、からみあった根が純白の網となって覆ってゆく。


「さようなら、名も知らぬお方。よろしければ最後にお聞かせくださいまし」


 びっしりと根に覆われた首へサクヤが両手を絡ませると、苦悶の震えが伝わってきた。

 つま先で立ったサクヤはようやく届く耳たぶへ唇をよせ、微熱の吐息でつぶやいた。


の街は、お気に召しまして?」

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