一章③ 巨乳と触手
『第六学区十二地区に乙種警報発令。一般生徒は最寄りの建物に避難して下さい。該当地区の通信チャンネルは生徒会と自警科に移行します。繰り返す……』
「先輩、これって!」
跳ねるように立ちあがったアキが高所に設置されたスピーカーに叫ぶ。頬にかかる髪を片手ではらったサクヤはゆるりと腰をあげた。
「聞こえているわねククリ、状況は?」
《わぁお、サクヤにしては反応はっやー。ヤル気マンマン? マンマンってばなんかヤラシー。こんどボクとマンマンしよ、うふ》
ククリと呼ばれた者の言葉は、サイレンに消されることなくやってきた。幼女のようでいて鋭利な声は鼓膜ではなく、意識そのものを震わせるように。
「わたしは状況を聞いたの。頭がおかしくなったのなら、あてにしないからそう言って」
《お腹が立っちゃうね! マンマンおあずけのアッキーも、イッちゃえヤッちゃえ!》
「この声……『ミコト』の
両耳を押さえたアキがだれもいない周囲を見回した。
姿なき者、峰上ククリは常識の空を飛びこえる。彼女はあらゆるものを自分と『くくる』のだ。監視カメラの画像も人の意識もククリには関係ない、好き勝手につなげてしまう。
《ボクっち遠くいトコだけどハートはキミと! よーしプロフィール変えてみよー。趣味はM、特技はネコ、自己PRはウケ、背景はユリ──お誘い即キター! アッキーすげぇ!!》
「プロフィールってあたしのっ!? 校内ネットにヘンなこと書くのやめてぇっ!!」
「……ククリ。侍女と遊ぶ前に伝えるべきことがあるでしょう」
《やんサクヤこわいぃもっとぉ――データキター! 侵入警報、侵入警報!
ちんまい公園とはこの場所にほかなるまい。右を向けば隣接しているコンクリートの建物に、鉄製の扉が設けられているのが見えた。
「人数を教えなさい」
《いーいー日、たびー立ち、一人旅いぃ、奴はロンリー、ロォンリィウルフゥー、イェー!》
「なめられたものね。もういいわククリ、自警科に邪魔をしないよう伝えて」
《みなぎってるね、ヤッちゃうっぽいね! だけどけれどバット。気をつけてサクヤ》
「気をつけて? だれに言っているのかしら」
《愛しいひとにだよ。好きよサクヤ、愛してる》
「知っているわ」
「み、峰上先輩っ! そーゆーことをあたしの前……じゃなくて、こんなときにですねっ」
《いーじゃんじゃんじゃん全員で! 先輩×後輩ばっかじゃ――やっぴー、動体センサーみっけ! うんうん、そっちに行ってるぞ。愛しのキミまで九メートル、おっけ?》
「もういいと言ったはずよククリ。うっとうしいのは嫌いなの」
よりいっそうの音量でわめいたククリは、怒ってサクヤとのつながりを切ってしまった。
ざわめいていた木々が鳴りを潜める。
ガス銃を構えようとしたアキを下がらせる。
「ようこそ」
まだ姿を見せない相手へ告げたサクヤは、ブラウスの胸ポケットへ右手を差しいれた。
音もなく抜かれた手が握るのは閉じられた
「単騎にて攻め入る勇気に、まずは敬意を」
扇が開く。白地を飾るのは
扉の向こうより足音が近づく。サクヤも歩を進める。大地を滑るように、踊るように。
「千の剣と万の矢を持ってそなたと交わるは、桜木の当代にありますれば」
扉が開く。サクヤの舞は止まらない。
「こなたにて
侵入者によって扉が完全に開け放たれた。
「
舞が終わりを告げ、爆音とともに大地が裂けた。アスファルトが砕け地盤が激震する。公園だった場所は、のたうつ緑の狂蛇に占領されたツタ地獄と化していた。
桜木サクヤにはもうひとつの名がある。
守護者『ミコト』だけに授与される公名。それは特別な力の象徴である神々の名。サクヤの公名は
閉じられた扇子が敵へ向き、サクヤの意思が地へと放たれる。
緑色がうねり爆ぜ、男の腕ほどもあるツタが五本、一斉にそそり立つ。サクヤが産んだ緑の大蛇が、扉の向こうに現れた一人に狙いを定めた。
侵入者は女。遭遇戦を予期できなかったのか、顔に隠しようもない狼狽がある。
身に着けているのは裸といって差しつかえないほど薄くて小さな水着のみ。手に武器はなし……イメージした相手と違っていたが気は抜かない。
握った扇子が前方に突き出されるやツタの蛇たちが走り、息つく間も与えることなく獲物の四肢を拘束。女の全身がびくんと震えた。
サクヤの圧倒的優位。
だが女の顔に恐怖の色など微塵もない。それどころか薄笑いを浮かべていた。
ちらと背後に視線をやるとアキが首を横にふった。学区の全員の顔を記憶しているアキが知らないとなれば他学区の生徒──乙種警報が発令された以上、サクヤたちの第六学区に攻め入ってきた敵とみなすべきだ。
「六区生徒会の桜木と申します。当学区への無断侵入によりあなた様を拘束いたしました。立ち入りが厳しく制限されている区画で何をしていたのか、答えていただきましょう」
返事はない。
「せめて名のりなさいな。その程度の礼儀があってもよいのではなくて?」
サクヤもまた、余裕を見せつけるように腰に左手をあてがった。対する女は手足の自由を奪われた姿勢で、小馬鹿にしたような視線をこちらに向けたまま。
「あのー、先輩」
どこかのんびりしたアキの声にふり向けば、下がっていたはずの後輩が歩み寄ってくる。
「このひと気絶してません?」
まさかと目を凝らせば、相手の瞳はサクヤどころかだれにも焦点があっていない。よくよくながめれば口の端に泡まで吹いている。哀れを誘うその姿は、疑う視線をもってしても演技には見えなかった。
「……なんなの、このどんくさい露出狂は」
サクヤがつぶやいたそのとき、女の頬が動いた。
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