鍋〇〇

「実はさ。俺、鍋奉行なんだよね」

 吉田が肩を寄せてきて言う。

「へー」

 俺はその一言で、ごく簡単に処理した。土鍋を探すのに忙しかったからだ。

 そこへなぜか秋山が絡んできた。

「ふふん、鍋奉行とな?」

「む、じゃあお前は何なんだよ」

「そうだな。俺はさしずめ……鍋将軍」

「なん……だと……」

 小芝居が始まる。油断してるとすぐこれだ。

「土鍋探すの手伝えよ……」

 どうせ聞ききゃしないだろう。諦め半分で俺は言ってみた。すると意外なことに、返答があった。

「鍋か。ならばこれを使うといい」

 聞き慣れない声に顔を上げると、俺の目の前にはきらきらと黄金色に輝く鍋があった。斜に構えた姿勢で、それを差し出す不審者が居た。

 目に眩しいほど白いタイツ。腰を包むカボチャ型のパンツ。煌びやかな宝石と勲章輝くジャケット……等に身を包んだ豪華な変態が、俺んちの納戸に居て裸電球に照らされ立っている。

「あんた誰だ!」

 身構えた俺の背後で、吉田と秋山の囁き合う声がした。

「鍋貴族……!」

「鍋貴族だ……!」

「はっはっはっは、アデュー」

 ダンディーに笑いつつ、鍋貴族は白馬に乗って去っていく。俺は放心していて、通報するのを忘れた。


 結局土鍋は見つからず、仕方がないので変態から授かった黄金鍋をコンロにかけた。

 伝説的な存在である(らしい)鍋貴族との邂逅に興奮覚めやらぬ吉田と秋山を尻目に、俺はコンロに点火する。

「お待ちくださいませ」

 そこへかかる、制止の声。俺の背後からコンロの火を消し、鍋に何かを投げ入れる手。女だ。

「まずは水の状態で、昆布のお出しをお取りになるのがよろしいかと」

 上品にして流麗な物腰。きびきびとした印象のスーツ。スカーフ。

「あなたは?」

「鍋アテンダントでございます」

 鍋アテンダント(NA)はぺこりと頭を下げ、ヒューヒューと歓声を上げるバカ二人に「Have a good NABE.」とにこやかに告げ退出する。


 もういい。もうわかった。

 俺は、何か吹っ切れた心持ちで頷く。何でも来やがれ。捨て鉢にそう呟いてもみた。

 それがよくなかったのかもしれない。


「マロニーちゃんを入れるタイミングが早あああい!」

 躍動する鍋コーチ。

「大丈夫ですか?」

 汁はねを受けた俺を介抱する鍋ナース。

「肉はいただくぜえー」

 鍋ルパン。

「鍋ポリスよ! 今すぐアクを取りなさい!」

「ジャック・鍋バウアーだ。具を全部よこせ! シラタキ以外全部だ!」

「鍋省の者だが」


 鍋開始から二時間。

 俺はまだ汁しか飲んでない。

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