木更津番外地
真夏である。ビーチである。
だがあいにくと小柴周作は、バイトの真っ最中である。
小柴は肘から先しか日に焼けていない腕で焼もろこし作りに励みつつ、こんな人生もアリかもしれないよね、などというルーティンワーク中によくある達観に嵌り込みかけていた。
しかし作業の傍ら行き交う海水浴客たちに何気なく目をやった瞬間、そんな人生計画は彼の頭からきれいに消え去った。
「おいサトル。見ろよ、あのおっさん」
そう言って隣の相棒に声をかける。
後輩らしき相棒は、客であるギャル男の焼きそばにヤドカリを混ぜ込もうとしていた手を止め、応えた。
「あー。なんか乳首めっちゃ立ってますね」
「どこ見てんだ。顔、顔。」
「あっ!? あいつは島津! 俺たちの組長を罠にハメて死なせた張本人、俺たち今は亡き江戸前組の仇敵、島津じゃねえか兄貴!」
飛び上がって叫ぶサトル。
「ありがとうサトル。字数的にかなり助かったよ」
「小柴さん何ワケのわかんねえこと言ってんすか! 殺りましょうよ! 俺たちがこんなバイトなんかしなくちゃいけないのだって、あいつのせいなんすよ!」
「わかってる。お前、あいつにうまいこと言っておびき出せ」
「わ、わかりやした!」
数秒考えたのち、サトルが声をかける。
「あの、すいませんそこのかた。実は僕らこの後、地元の海女さんたちと合コンやるんすけど人数足りないんで来てもらえませんかね」
「いいよ」
島津は陥落した。
「友達も一人連れてっていい? もうすぐ連絡が来るはずなんだけど」
島津が言う。
「ああ、はい」
アバウトに答えつつ、一人くらいなら増えてもなんとか、と考えていると凄まじい音がした。
ゴゴゴゴゴゴズドガゴーン! ガラガラパシッ! パリンガシャーン! キャー誰か来て!
などという大音響に辺りは大混乱。
「何だサトル。何の音だ?」
「着メロじゃないっすか」
「クールすぎんだろ。俺も欲しいわ」
「あ、もしもし徳ちゃん? オレオレ」
「着メロだったのかよ」
唖然とする小柴をよそに、話はまとまったようだ。
そして数分後、「やー島ちゃんどうも。って、あれ、小柴にサトル! 元気だったか?」
そう言って現れたのは徳川源治。江戸前組の元組長である。死んだはずの。
「くくくくみ、くっくくっく」
「青い鳥?」
「組長おおー! 生きてたんですか!」
元組長の軽い昭和ボケにも気づかないほど、小柴の驚きは深かった。
「何言ってるんだ。サトル聞いてないのか? オレが足を洗ったって」
心なしか不機嫌そうな徳川が言う。
「え、足洗うって死ぬって意味っすよね? 『足洗って待ってろ』みたいな」
「みたいなじゃねええええええ!」
小柴は怒り狂い、ヤドカリ焼きそばを作って罰ゲームとしてサトルに食わせた。
が、サトルの「意外とうまいっすよ」の一言に脱力した彼の脳裏には、ヤドカリ養殖で一旗揚げてプレジデントの表紙を飾る己の姿が去来していた。
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