初恋

 わたしは山城さんを愛してる。


 親子以上に離れてるけど、危ない仕事の人だけど、誰にも言えない恋だけど。

 彼を愛してる。

「わあーっ!」

 叫んだのは、思いきり叫んでみたくて。

 平らな海はこだまを返さない。

「わあああああっ!」

 水平線の彼方まで、砂浜の端まで、人影は五つだけ。

 その全員がわたしを知ってる。だから恥ずかしくなんかない。

 もう一度。

 今度は胸が裂けるくらいに。

 そう思って息を吸い込もうとしていたら、

綺々キキさん」

 工藤さんがわたしを呼んだ。

 黒いスラックスとネクタイ。白いシャツ。腕まくりもしてない右手で彼が指す方を、わたしは見た。

 ビーチマットの上で山城さんが呼んでる。

 熱い砂を蹴って、わたしは駆け寄った。

「山城さん、貝殻!」

 かわいいピンクの、わたしが見つけた宝物は、受け取られてすぐに放り捨てられた。

「脱げ」

「山城さん――」

「脱げ」

 頭の中に、霧がつまったみたいないつもの感じ。

 そうだ。裸のほうが自然なのかも。わたしは水着を手早く脱いだ。

 横たわった山城さんの足の間に、わたしは膝をつく。

 教わった通りに手と舌を使う。

 山城さんの臭い。山城さんの味。

 ヘンなところに風が当たる。日差しも感じる。

 アソコも日焼けってするのかな。

「綺々」

 山城さんの声。

 わたしは二歩進んでしゃがむ。

 握って、あてがう。

「目を見ろ」

 彼を迎え入れる寸前になって、そう言われた。

 自分の喉から、変な音がする。

 わたしきっと、変な顔してる。

 恥ずかしい。

「見ろ」

 山城さんが、今日初めて笑う。

 恥ずかしい。

 恥ずかしい――


 霧が消えた。今度は、頭の中に太陽があるみたい。

 頭の中の太陽は、何も見えなくしてくれる。

 どんどん増える、お母さんのブランドバッグ。

 海の向こうの教室で、今ごろみんなで覚えてる、公式や年号や。

 お父さんの写真は黒縁。

 お兄ちゃんの病室は機械の音だけ。

 何もかも、何もかも。

 焼けて、燃えて、真っ白に。

 真っ白。

 真っ白なシャツ。

 工藤さんの、遠い背中。

 少しだけ振り向いて、こっちを見てる。

 工藤さんが見てる。

 見てほしい?

 見ないでほしい?

 わからない。

 わたしの中で、山城さんが動いてる。

 突き上げられるたびに、勝手に声が漏れる。

 泣きたい。思いきり。

 それはたぶん、わたしが山城さんを好きだから。

 山城さんを愛しているからだ。

 だから。


 工藤さん、わたしを見ないで。

 あなたはきっと、あの貝殻を拾ってくれる。わたしにそっと、返してくれる。

 そんな気がするから。

 消えて。

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