異形
新入社員の須田くんは、呆れるほどに饒舌だ。車、女、競馬、哲学。どんな話題でもよく喋る。
「んで、その屋敷に入ったんですけど、そしたらまた玄関なんです。その玄関開けたら、また玄関なんです」
今度は、昨夜見たという夢の話だ。とても楽しそうに彼は話している。
彼の良い点は、話相手に賛同や意見を求めない所だ。私は先ほどから携帯のカメラで画像を撮るのに手一杯で、相づち一つ返していない。それでも彼は上機嫌で、淀みなく話を続ける。
「ホールの壁に油絵が掛かってました。中世ヨーロッパの結婚式の風景みたいな。みんながにこにこ笑ってる絵で――」
その彼が、不意に言葉を途切れさせた。ざわついた周囲の空気に、ようやく気がついたようだ。
優しげな女の子が口に手を当てて棒立ちになっている。何人もの通行人が立ち止まり、通りを挟んだビルの上を指差している。屋上の柵の外に立つ男に、誰もが固唾を飲んでいた。
須田くんも無言で、そちらに気を取られたままだ。私はその隙に画像の構図を決め、光度の調整も終えた。そしてシャッターを切ったちょうどそのとき、屋上の男が、ぽろりと落ちた。
男は、先ほど私と須田くんとで昼食をとった中華料理屋の看板に一度当たり、くるくると回りながら野次馬の陰に消えた。なんの音もこちらには聞こえてこないが、通りの向こうでは甚だしいパニックが巻き起こっているようだ。通りのこちら側でも充分なショックを皆が受け取っているらしく、顔をしかめる者や背ける者が大半だ。泣いている女の子もいる。
「で、その絵なんですけど」
須田くんがこちらへ向き直り、話を再開する。
「花嫁が腹に剣を突き立てられてるんです。結婚式に乱入した暴漢が、花嫁を刺し殺してる場面の絵なんですね。でも、みんなにこにこ笑ってるんです」
相も変わらぬ須田くんの声を聞き流しながら、私は撮ったばかりの画像をSNSにアップした。時計で昼休みの残り時間を確認し、その場で記事も書き始める。
「参列者も。暴漢も。花嫁も。みんな同じ笑顔なんです。めちゃめちゃいい感じでしたよ、あの絵。こんど描いてみようかな」
「ふーん。いいんじゃない」
簡単な数行の記事を書き終え、ようやく彼に言葉を返せる余裕ができた。SNSの更新は定期的にしているが、このところは正直いって面白みのない内容のものが多かったと思う。だが今日はいいネタにありつけて良かった。
あの店のタンメンはまさに絶品だ。看板が少し曲がっていて、隅のほうに邪魔な影が写り込んでしまったが、問題はないだろう。
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