くずの神様

 90年代つったらお前なんか、まだほんのガキだったんだろうな。

 でも名前ぐらいなら知ってんだろう。オーファル・キングってラッパーがいたよな。ツアー中のステージで、狙撃されて死んだ奴。

 あれをやったのは俺なんだ。


 当時は本当に、エラい人気でね。どこ行ってもO・Kばっか回ってた。それで俺も名前だけは知ってたが、顔は知らなかったんだ。

 だからあいつ本人から、「ステージの上で合図を出すから、その瞬間におれを殺してくれ」って依頼されたときも、正直眉唾だった。

 じっさい、ただの気弱そうな兄ちゃんだった。いい服着て指輪だのジャラつかせてたけど、あれは裸で震えてる奴の眼だったよ。

 でもさすがにカリスマってやつかな、当日のパフォーマンスじゃ別人だった。仕事で来てる俺でさえ鳥肌がたつ位に。

 リリックっていうんだっけか? あの、歌詞。出だしのところ、まだ覚えてるよ。


 行きたいところがねえんなら

 俺の車に乗ってこい

 道に迷ったことはねえ

 着いたところで楽しくやるだけ


 ただ俺はあいつの言う、殺しの合図ってのを見逃すわけにはいかない。迅速に仕留めなきゃならない。俺は安定剤を噛んで合図を待った。

 今思うと、あの日のあいつはヤケに楽しそうだった。火の玉みたいだったな。死ぬことを決めた奴ってのは、みんなああなるもんなのかもしれねえ。口がよく回ってた。

 でも、ステージが始まって二時間経った頃だ。あいつの足が急に止まった。何も音がしなくなった中で、煙草を出して喫い始めた。

 会場も静まり返っててな。何事だろうって固唾をのんでるのよ。

 俺はそのとき、会場の一番後ろの、投光機の脇にいた。でもマイクも通してないジッポーの音が、俺のとこまで届いたよ。

 しばらくしていきなり、くわえ煙草のメシヤみたいに両腕広げて、あいつが叫んだ。

「おれは絶対に、ここから降りねえ!」

 って。

 合図だ。

 俺は確信した。一発で額を撃ち抜いた。あいつは倒れて、客席からは靴の裏しか見えなくなった。

 その後、肺の息が押し出されたんだな。煙草の煙が口から、魂みたいに抜けたんだ。

 見事だった。あいつは多分、くずの神様に拾ってもらえたんだろうな。


 はは。なんだそりゃって顔してんな。

 いるんだ、きっと。俺たちみたいなくずを拾わずにいられない、趣味の悪い神様が。出来の悪い子ほどかわいいって、言うじゃねえか。

 まあ、死んじまう当人にとっちゃ、どっちでもいいんだがな。

 死後の生とかよ。うんざりだ。


 ああ、まあ、いろいろ言ってきたが。

 いいか、お前は次世代の主力だ。将来を期待されてる。悪い話なんか誰もしないだろう。

 でもな、よく覚えておけ。

 この世にはな。上がったきり、自分の意思じゃ降りられなくなる階段ってやつがある。

 O・Kも俺もそうだった。駆け上がってくてめえの足が、どうにも信用ならなくなっちまったときにはお前、用心しなよ。



 さて。汐時だ。


 やってくれ。

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