散歩の続き

 父親が力いっぱい母さんを殴る、その光景から、僕の人生は始まっている。何という種類かは知らないが、板張りの遊歩道の脇に花が植えてあって、その花と同じオレンジ色の母さんの傘が、びくんと跳ね上がって落ちた。それがこの世で最初の記憶だ。

 いわば僕は、人生の基本をそのようなものとして、あの場所で学んだのだという気がする。女を殴る男。それと雨。僕がいくら寒くても、誰も気にしない。誰も引きつった顔をして、自分に精一杯で。人生や世界はそういうものなのだと。

 父親を見たのは、それが最後だったと思う。そうじゃなかったとしても、記憶がない。僕にとっての家族は母さんだけで、父親は含まれていない。夜中でもカンカンとうるさい鉄階段のアパートで、高校まで母と二人で暮らした。思い出してみるとその頃の記憶の中も、なぜだか雨だ。いつも、雨の日ばかりだ。


 僕が高校を出た翌年、警察からの連絡で、僕と母さんはつい最近まで父親が生きていたことを知った。横須賀の古い簡易宿泊所で息を引き取った父親は、僕と母さんが着いた時には移されていた。遺体の確認をと言うので、僕がよく覚えていないからと辞退すると、応対していた警官が、ひどく変な顔をしたのを覚えている。霊安室からは、母さんの狂ったような声がした。

 父親の死因は、心筋梗塞だった。同じ宿泊所の利用者が怒鳴り込むほど、約三時間もの間うめき声をあげ続けて、死んだのだそうだ。手には携帯電話が握られていて、それで救急車を呼べば助かったはずなのに、父親はそうしなかったらしい。画面にはアドレス帳の母さんのページが表示されていた。

 遺書の類はなく、持ち物は少しの金銭と衣服と書類と、携帯電話だけだった。特殊な状況ではあるけれど、父親は病死と判断された。

 でも、遺書はあった。形見にと渡された携帯を調べて、父親が死んだ日、どこかの掲示板に書き込みをしていた履歴を、僕は見つけた。




171 名無し さん 2004/09/26(土) 05:26:23 ID:3xDvjp+C


痛い こわいつらい  さみしい

助かれないおれは 助かれ ないおまえ 許してくれいたい


雨の だ あめやまないあ のとききからずつと

信じれなか たおれが 豚 おまえはぶたじ ない

ひどいこといってい 許し  てえくえ 疑ってゆるし



許してほし ひとこと いい異体字たいし

 からしぬ  おれは死ぬ からお金 保険金 ゆるし


  さんほ いこさんにん 散歩のつづき やりなおして



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