手紙

拝啓


 なんて言葉を文頭に置くような手紙を、この私が今書いているということが信じられない気持ちです。


 思えばあなたには、本当に心配をかけ通しでした。

 私は、まるで自分を粗末にする義務が科せられているかのように、暗いほうへ、暗いほうへと絶えず歩んで来たような気がします。

 煙草を覚えたのは中学の頃でした。初めて男性と夜を明かしたのも、その頃でした。

 高校にはひと月しか通わず、17の時に家を出ました。

 危ない仕事もしました。

 とても嫌な目にも遭いました。

 二倍も歳の離れた人と同棲もしました。

 三回、死のうとしました。


 今のこの世の中なら、私が味わった不幸なんてどれもありふれたものばかりだと、人は言うでしょう。

 でも、私は時々怖くなるのです。

 大したことじゃないって、何かのおまじないみたいにただそう言ってさえいれば、自分の心だって芯から騙しきれるはずだと、ひょっとしたら世間の人たちは本気で信じているのでしょうか。


 私は、辛かったです。

 今なら、辛かったんだなって思えます。

 もし今私が数年前の私に会ったら、どれほど泣くかわかりません。

 どんなに胸をかき乱されることか、見当もつきません。

 自分にできる、あらゆる事をしてあげたいと思うに違いありません。

 話を聞き、手紙を書き、ご飯を食べさせ、時々抱き締めて。

 ちょうど、あなたがしてくれたみたいにです。


 けれど私は、いつもあなたを困らせてばかりいましたね。

 あんなに優しくされていたのに、いつも不機嫌でした。

 あの頃の私は、目が見えないのに毎日美術館に連れて行かれているような、そんな気分でいました。(ゴメンナサイ!)

 本当に、私は馬鹿でした。何も信じないことが、自分を守ることだと思っていました。

 今、あったかくて大きな手をした夫と、五分もじっとしていてくれない困った息子がそばにいて、私が幸せだなって思いながら生きていられるのは、あなたのおかげです。


 今日、こちらは吹雪です。ひっきりなしに、白い雪が横から吹き付けてきます。

 空にはお日様があるのに、少しも暖かくなりません。真冬の太陽には、雪を溶かす力はありません。

 けれどその太陽さえもなかったら、きっとこの北の大地では全てのものが凍ってしまって、誰も生きてはいけないでしょう。


 あなたは私にとって、真冬の太陽でした。

 あなたがどんなに強い吹雪にも諦めないで私を暖め続けてくれたから、私は生きてこられた。幸せになれました。

 本当に本当に、ありがとう。


敬具

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