第32話

 ボクは、『どくのつば』を吐き出し、『だいとつげき』で『勇者』に突っ込む。

 『勇者』は剣を振るって、あのかまいたちを放った。良い対応だね、『どくのいき』というか飛び道具もあれじゃ通じない。

 けど、それは読んでたよ。おお、かっこいいなこの言葉。

 

「はいっ」


「うえ⁉」


 首を左手でもいで、斜め上に放る。これならかまいちの範囲外。突進したボクの体が肩から斜めに切り離された。


「……」


 当然『勇者』は迎撃に走る。自由落下の首なんて、目を瞑ってでも撃ち落とせるだろう。


「!」

 

 これが第一のしかけ。左手と両足が、『勇者に』飛び掛かる。再生の応用、『だいとつげき』の時に、千切っておいたんだ。かまいたちの軌道は、横か斜めの直線による斬撃。手足のどれかが残る可能性は高いけど、全部無事だったのはうれしい誤算。


「っ!」

 

 両足を斬り飛ばしたけど、少しタイミングが遅れた左手は間に合わない。

 

「!」


 避けた。そうだよね、ゾンビにはなるべく触りたくない。けど、そのせいで体勢が崩れた。剣は、生首に間に合わない。


「がおー」


 かみつけ! いけ! ボクの首!


「……」


「あ」


 貫き手……。口から入った拳が、歯を砕いて後頭部から突き出た。『勇者』が顔を顰めているところを見ると、やっぱり触るのは嫌だったんだね。


「お兄ちゃん!」


「……終わりだな」


「ほふでしゅねえ」


 上手くしゃべれない。噛みつけないってことは、顎もぐちゃぐちゃだ。傷一つ付けられないのかボクの歯。大事にしてたのに。


「……お前は―」


「あばあ」


 そう、終わりだ。頬から出た木の指が、顎の付け根を引き裂いて、上下を物別れにし、『勇者』の腕からずり落とす。


「あ」


 奥の手はこれだよ。義手を、脳に潜り込ませたんだ。少しだけ、ほんの少しだけなら、動かせる。

 ひっかく、くらいなら。


「!」


 ボクの、いや、フジコさんにもらった義手の方が早かった。

 『勇者』の顔に走る、赤い3本傷。


「……ぬう」


 ……やった。

 …やった。


「やっらろおおお! におろおおおおお!」


 精一杯、叫んだ。達成感とカタルシス、そして、みんなの事がようやく頭にもどってきた。逃がさないと。

 わずかに怯む『勇者』を、濃い霧が包んだ。


「お兄ちゃん!」


「持てるだけ持つのよ!」


「ひいいいい!」


「あなたたちも手伝ってください!」


「お、おう!」


「うほっほ!」


 みんなの声が聞こえる。

 ボクの体を拾ってくれてるのかな。頭半分を抱えあげられて、下あごとくっつけられる。


「……」


「おや?」


 パマ? 君がくっつけてくれたの?


「いきますわよ!」


 飛んだ、と思う。というのも、ボクはパマに抱えられて彼女の顔を見ているしかできなかった。ミドたちは、大丈夫かな? ボクのせいで死んでしまったら……。

 一矢報いた高揚感もすぐになくなって、ボクは目を閉じた。

 眠れはしないけど、眠りたかったんだ。

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