第29話

 何を考えてたんだろう。


「……」


 ボクはそのまま、まるで知り合いにでも挨拶するかのように、『勇者』の前に歩いて行った。

 『勇者』は変わらない、前も今も、無表情にボクを見据えていた。


「……」


「……どうも」


「……どうも」


 挨拶してどうすんだよ。あなたも返さないでください。


「喋るモンスター……」


 剣を構える。ああ、こうしてみると格好いい。でも、ボクにはブーツしか見えない。パパを踏み砕いたあのブーツ。


「すいません……」


「……謝らなくてもいい」


「いえ、謝罪の意味のすいませんじゃないです」


「……」


「半月くらい前の村のことを憶えていますか」


 だから何を聴いているんだ、ボク。今からなら、奇襲をかけて混乱させ、逃げるのが最善手だ。


「……」


「モンスターに占領された村です」


「……憶えている」


 何を熱くなってるんだ? いったいなんだ? 敵討ち? よせよせ、そんなタイプじゃない。戦略を練って、万全の態勢で挑むんだ。


「……はえにんげんを、踏み潰しました?」


「……ああ、彼らを忘れない」


 言える立場じゃない。ボクらはモンスターで、隣町の皆を殺した。いずれ、どんどん他の村に攻め入っていただろう。そして新しいモンスターに変える。どう考えても、倒されるべき悪い奴だ。

 パパだって、ママだって、変わらない。


「……そうですか」


 何をしてるのか、わからなかった。

 ボクは、『勇者』に飛び掛かったんだ。


「……」


 そして、簡単に真っ二つにされた。頭のてっぺんから、股にかけて縦に。倒れる二つの音が、とっても軽くて恥ずかしかった。


「うほおお!」


「だあああ!」


 トモナミと、ジャイアが、森から突っ込んできた。しまった、なんの指示も出してない。


「……」


「! ジャイア!」


「うおほ⁉」


 トモナミが、ジャイアを蹴とばした。直後、彼女の鋼鉄の体が、胴で寸断された。まるで、肉でも斬るかのように。蹴とばされなければ、ジャイアがやられてた。


「……っ!」


 腕を向け、内臓したバルカン銃で『勇者』を狙う。発射前に切り刻まれ、モノアイを柄で叩きつぶされた。火花と煙を散らして、トモナミの上半身が倒れ込んだ。


「うごおおおおおおお!」


 ジャイアにしては、頭を使った攻撃だ。背後からの刺客攻撃。もっとも、トモナミがやられたのを見て突破的に襲い掛かっただけだろうけど。


「……」


「が―!」


 それも容易く切伏せる。袈裟に斬られた傷口から、血が雨の様に降り注いだ。いかん、ゾンビの性でおいしそうと思ってしまった。


「……!」


 レーザー……いや、高火力の炎を圧縮して打ち出したものかな? 『勇者』も、剣を盾代わりに塞ぎ大きく押し出される。


「いまです!」


「ちゅおおおおおお!」


 オネスと、エスパ。ボクたちを素早く回収して、炎の出力元であるミドの元へ引きずっていく。


「お兄ちゃん!」


「……エスパ、ジャイアをお願い」


「はい」


「ト、トモナミは⁉ どうすればいい⁉ ああ! こんなになっちゃって!」


「回復魔法で、大丈夫」


 ミドが炎を吐ききって、『勇者』を睨む。

 『勇者は』盾にしていた剣を払い、再び構えた。やっぱり、なんの感情も見えない無表情だ。

 ボクの頭を支配していたのは『次の一手』だった。仲間を傷つけた『後悔』でも死への『恐怖』でも、自分を恥じる『罪悪感』でもない。

 目の前の『勇者』を倒す方法。

 本当に、どうしたんだろうか? 今確認するのは、ボクの体の具合だ。


「てめええええええ!」


「やってくれましたね~!」


「……許しませんわ!」


 『勇者』の後ろに、3姉妹が躍り出た。だいぶダメージを受けてる。やっぱり、タダものじゃないね。

 でも、好都合。『勇者』の注意が3姉妹にいったところを狙う。


「んばああ!」


「うお! なんか吐いてるぞあいつ!」


 『どくのいき』だよ。目くらましと毒撒きだ。生憎、ゾンビの僕には通じない。噛みついて―


「……」


 毒霧を風が薙ぎ払って、ボクをバラバラ死体にした。後ろの家の残骸が、みじん切りにされる。

 『風魔法』じゃない。剣撃を飛ばしてるんだ。なんていうでたらめな奴だろう。


「あなた!」


「おらああああ!」


「!」


 3姉妹が、『勇者』に襲い掛かった。ヤンの武器は、巨大な鋏か。

 『勇者』は、難なく攻撃を避け、3姉妹を一閃した。いや、浅い?


「だあ!」


 証拠にヤンをはじめ、すぐさま反撃に移る。『勇者』は高台に陣取り、待ちの構えに入っている。

 3姉妹の傷がみるみる治っていく、ボクとは別次元の超速再生。あれがあるから、反撃が浅かったのか。けど、それにも限界があるから傷があるんだろう、程度によっては、完全に回復できないのかな? ボクにも、欲しい。 


「っち……」


 パマが、ちらっとボクらを見た。

 

「役立たずですわね」


「なんですって剛毛!」


「事実ですよ~? 手も足も出てないじゃないですかあ~」


「ま、囮くらいにはなるだろうぜ。おい、オレの―」


「っぺ!」


「!」


 避けるよね。『どくのつば』だ、効く効かない以前に、生理的に無理だもんね。


「っぺっぺっぺ!」


 誘導中だよ……降りろ、降りろ、降りろ―


「……っ」


 降りた! 


「っ⁉」


 足元にご用心、つばは滑る!


「たああああああ!」


「―!」


 ゾンビに利点を教えてあげようか? 瀕死の代償に出す技を、ある程度無制限に使えること。

 それは、弱いモンスターでも、命と引き換えに強い威力が見込める博打の技―


『だいとつげき』!  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る