第12話

 さて、そろそろ話を進めないと。


「えっと……お姉さん?」


「フジコ」


「え?」


「僕の事は、フジコって呼んで」


 ああもう、なんて素敵な笑顔なんでしょう。猛獣だらけの日常に降ってわいた一輪の花があなたです。


「お兄ちゃんその鼻の下はなに⁉」


「な、なんでもないわい! ……フジコ……さん。その……ぼくたちにどういう?」


「君達、魔王軍の生き残りだよね?」


「ええ、まあ……」


「僕を引き合わせて欲しいんだ」


 おや? なんだか妙な話だぞ。まあモンスターの僕らに声をかけて、戦うでもなしの時点で今更だけどね。


「なによ、どういう意味よ?」


 トモナミがモノアイを忙しく回転させる。まだ罠を警戒して、周りを探ってるんだろう。


「あ、ごめんね。いくらなんでも端折りすぎだったね」


 フジコさんは、ひと際大きく笑って語り始めた。


「僕の故郷はね、勇者に滅ぼされちゃったんだ」


 とっさに言葉がでなかった。最初は嘘をついているのかとも思ったけど、すぐそんな事しても何の意味もないって気づいた。油断を誘うにしても、手が込みすぎてる。皆を見る、同じみたいだ。

 フジコさんはそれを知ってか知らずか、すらすら言葉を流していく。


「僕は魔物使いの一族に生まれてね、ワ国っていう国にある、辺境の森の中の小さな集落で育ったんだ」


「ま、魔物使い……ですか?」


「そう、君達みたいなモンスターを手懐けて色んなことに使うんだ。力は人間の比じゃないし、空を飛んだり色々できるしね」


「仕事なのそれ?」


「仕事っていうより生き方かな? ずっとそうだったからねえ。けどたまに外から依頼が来たりはしたよ。工事とか護衛とか」


 初めて聞いたな。本には載ってなかったよそんなの。おっといけない、本で全部わかると思うのが僕の良く無い所だ。

 ワ国……どこらへんかな?


「そ、それがどうして勇者にやられるのよ?」


「まあ、元々モンスターが近くにいるってことで嫌われてたからね。魔王の手先じゃないかとか、格好が気持ち悪いとか、普通の人にしてみたら仕方ないよ。それで依頼された勇者の一行が来て、どかーん」


 フジコさんが小さく手を叩く。

 オネスが悲鳴を上げてミドに抱き着いて、殴り飛ばされた。


「いやあ、あっという間だったなあ。僕はたまたま離れてて運が良かったよ。もう全部消し飛んでたからね」


「な、なにもしてないのに?」


「何をしたかは重要じゃないよ。周りにどう見られてるかで決まっちゃうからね。僕らは怪しい魔物使い、勇者様御一行は魔王を倒して世界に平和を取り戻す正義の味方」

 

 良心や道徳が薄れているはずの、僕たちが絶句する番だった。喜ぶべきか、悲しむべきか、わからない。

 フジコさんはそこまで言い切ると、僕をまっすぐに見つめた。


「その怪しい魔物使いの生き残りは、その勇者様御一行に身勝手な復讐をしたいのです」

 

「それには……魔王軍に入るのが一番手っ取り早い」


「っていうかそれくらいしか味方してくれそうもないしね。僕一人じゃ絶対に敵わない」


 声に悲壮感はなかった、まるで朝お隣さんとあってする世間話みたいな軽い口調だ。話のきっかけ、意味もない言葉の羅列。復讐をしようと、魔王軍に協力を求める狂気の沙汰に走る人間のそれじゃない。何の理由もなく、家族も、友達も、家も、全部なくした。怒って、泣いて、狂って、そのまま死んでもおかしくない。

 だから―


「いいですよ」


 信じられた。


「お兄ちゃん⁉」


「お、おい⁉」


 うるさいな、僕にも考えがあるんだよ。

 魔物使いってことは、それなりに僕らに精通してるはず。経験者が同行すれば、生き残って魔王軍と合流できる確率が高くなる。

 そしてなにより―


「ただし……」


「何?」


「彼女になってください」


「ごめん、無理」


 そう簡単じゃないか。

 まあいいや、これから一緒に旅するなら、アピールする場面がまだまだたくさんある。僕の初恋、成就させてもらいますよ。


 

 


  

 


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