第3話 陽の光が満ちる昼に
隻眼の少女が小さな小屋の片隅で、膝を抱えて座っていました。
後頭部でまとめ上げられたボリュームのある柔らかい髪は、どことなく狼の尻尾のようです。
傍らには、外したと思しき包帯が乱暴に捨て置かれています。
小さな窓からは明るい陽が射しこんでおり、薄く埃を照らしています。
陽気の中で心地よく温められた部屋の中にはその少女以外は誰もいません。
暖炉の中には、白くなった灰が散らばっているだけです。
「…」
床板を睨み付ける少女の右目は“どこにも行きたくない”という冷たい意思に満ちていました。
微かに開いた窓から三匹の蝶がひらりと舞い込んできました。
俯く少女の視界の端でふっと消えてしまいました。
「…ウェルテ?」
ふと、顔を上げた少女は、部屋の中央に見慣れない本が三冊、積まれているのに気づきます。
最初は無視していましたが、やはりなんとなく気になって、立ち上がります。
そして、三冊の本を拾い上げ、不思議そうに眺めながらそれらの題名を読み上げました。
「“基礎戦術”…“教国詳細地図”…“修辞学”…なに、これ?」
と言いつつも“基礎戦術”を開き、読み始める少女の右目には小さな火が灯っていました。
†
背の高い木々が、葉を重ね合い厚い傘を作って光を遮る森を作っています。
その太い幹は土ではなく、薄く青く輝く浅い池の中からそびえていました。
その薄く青い輝く浅い池の中を進むのは、意思の強そうな眼と長い栗色の髪の背の高い少女です。
少女は、一人の少年を背負っていました。
少年は、中性的な顔立ちで、真っ白な肌に金糸の髪はとても絵になります。
「さすがに…この辺りは流れが強いな…ティーフ、おおよそ生死に頓着しない君のことだ、誰よりも先に手放すつもりだったんだろう」
しかし、少年は深く眠っているようで、少女の言葉にも返事をする様子はありません。
一歩、青く輝く池の中で脚を動かすごとに、身体の感覚が曖昧になっていきます。
それでも、少女の中に宿る強い意思は、その身体を前へ――池の
「……まだ持っていってくれるなよ…」
ついに池の畔に辿り着いた少女は、少年を柔らかな新緑の絨毯の上へと降ろしました。
少年は、まだすやすやと眠っています。
池から上がった少女は、少年の隣に腰を下ろしました。
「もちろん、私の身勝手だというのは解っている…だが、君はきっと必要な存在だ、少なくとも私よりは」
少女は、眠る少年の頬にそっと手を置きます。
「でも、ああ…ラウラの雄姿を見られないのは、少し名残惜しいな」
その手は、すっと薄くなり幻のように消えていきました。
†
草原の丘を優しい風が撫でるように流れていきます。
遠くには宝石のような青色に輝く海が広がっています。
その青色の海に臨む草原の丘を、一人の少年が気楽な様子で歩いていました。
質素な衣服の袖や裾からのぞく肌は褐色で、しなやかな細長い四肢は走るのも跳ぶのも得意そうです。
なんとなくその表情は、一仕事終えた後のように爽やかな感じでした。
「他の奴等は、今どこで何してんのかね…ま、ネーヴェの奴は、まだあそこに籠ってたりしてな」
丘を登り切ると木の机と椅子が一対、置かれていました。机の上には真新しい白い表紙の少し厚めの本が一冊置かれています。
「どうぞ読んで下さい、ってか」
椅子にどかりと腰かけた少年は――3秒ほどの間を置き――ひょいと目の前の本を手に取ります。
題名は書かれていないようです。
少年は最初の
「…日記か、こりゃ」
そこには、少年と少女が小さな農村で素朴に暮す日々が綴られていました。
その日の天気や小さな発見。小さな喜び。小さな成功。小さな失敗。
変わった事。変わらない事。変えていきたいと思う事。変えたくないと思う事。
読み進める程に、そんな些細な日常の場景が浮かび上がってきます。
「なんだよ、楽しそうにやってんじゃねえか…まさにお似合いだね、お二人さん」
パラパラとめくる手をふと止めた少年は、ぽつりと呟きます。
「でもまあ…悪くねえよな、こんな普通の日々も」
ゆーりのしんぞう? 置崎草田 @okizaki
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