はじまりの場所(彼の場合)

その日、僕は会社をクビになった。

ふらふらとさ迷い、たどり着いたのは7階建てビルの屋上だった。

そこで、僕は彼女と出会った。


 「斎藤さいとう君、君は本当に良い部下だよ。」

「そろそろ、昇進じゃないか!?同期で一番出世が早いよ!」

僕は、仕事が生き甲斐の男だった。

仕事に打ち込んで結婚もせず、これまで会社に尽くしてきた。

大学卒業後に入社し働いてきた会社は良い会社だった。上司である森下さんとは良い関係だったと思っていた。

家族はいないし、どれだけ仕事をしていても特に文句を言う人はいない。両親は僕が幼い頃に離婚した。父親はどうしようもないダメ人間だった。

そんな父と別れ、昼間はパート、夜は水商売をして僕を育ててくれた母親は10年前、僕が23歳の時に体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。

寂しいと思うほど仕事にのめり込んだ。

彼女でもつくれとまわりには言われたが、作らない、いやつくれないままに36歳になっていた。

別に異性とお付き合いをしたことがないわけではない。顔は母親に似て人より整っている僕はよく告白された。僕も彼女たちに応えられるように行動したつもりだ。でも、僕の愛情は彼女たちには伝わらなかったらしい。これまで「本当に私のことが好きなのか分からない」とふられてきた。

そんなことが続くと、僕のために時間を割く女性がかわいそうだと思った。

そう思うほど、女性との恋愛からは離れていった。別に不自由はなかったからそれでも良かった。


 良い関係を築いてきたはずの上司、森下雅直もりしたまさなおが不正を働いていることを知ったのを期に、彼との関係がギクシャクし始めた。

そんな僕たちの様子がまわりに伝わったのか、僕と彼に疑いの目が向けられるようになった。元々、僕のいる部署で不正があるのではないかという疑惑があったのだ。


 僕の勘というものは他人より当たる確率が高いらしい。そして、嫌な勘ほどよく当たるものだ。僕の勘が訴えていた通り、信頼を寄せていた森下はあっさりと僕に罪をなすりつけた。どうやら、彼は彼で信頼を寄せる上司がいたらしい。

元々、不正は二人の計画なのだろう。

僕は課長に呼び出され、僕が疑われていること、それを森下が伝えてきたことを教えられた。広い交友関係がある彼のことだ。

きっと、あらゆる所で自分の行為を僕の行為として話しているだろう。

僕はその疑惑を受け入れるしかなく、会社をクビになった。


唯一の生き甲斐だったといえる仕事を失い、気がつけば廃屋となったビルの階段を昇っていた。どうせ、一人だ。死んだって困る人間なんていない。

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