時計の針(彼女の場合)

 大して高くないフェンスに腰かけぼぅっと町を眺めていた。そんな時だった。

「こんばんは。君もここから飛び降りるのかい?」

振り返ると人の良さそうな男性が穏やかな顔で後ろに佇んでいた。

30代後半だろうか。整った綺麗な顔だ。

小さくうなづく。

「仲間だね。一緒に死のうか…。」

彼はずっと穏やかな顔のまま、そんなことを言った。

どうしてこの男は私に声をかけたのだろう。私には価値がないのに。

 ―「都ちゃんって綺麗だよね~!可愛いじゃなくて、綺麗!モデルさんみたい!」―

ふと、自分の容姿についての他人の評価を思い出した。

「一緒に?誰かわからない方と?」

彼を眺めながら口が勝手に動く。

この男も私の容姿を見て話しかけてきたのだろうか。

これまで、いろんな男に言い寄られたことを思い出す。

彼らが求めてきたのは身体だけだった。私が欲しいものはくれなかった。

どうせ死ぬのだから、最後にこの人と話してもいいか。

そう思った。


 「あぁ、僕は斉藤優都さいとうゆうとと言います。はじめまして。君の名前を教えてくれますか?」

丁寧に自己紹介する斉藤という男が面白かった。クスクスと笑いながら

山本都やまもとみやこです。一緒に飛び降りてくださるのですか?」

と、言うと、彼は私に近づきながら言った。

「と、思ったのだけど、君みたいな綺麗な子は僕が道連れにして良くないね。

生きているべきだ。どうして、こんなところにいるのかな?」

じっと彼を見る。

説教でもするつもりだろうか。


 「説教するつもりはないよ。でも、もったいない。せっかくなら一酸化炭素でも使って綺麗に死ねばいい。死んだ後も綺麗だよ。」

「死に方を考えたことはありませんでした。なるほど。でも、あなたは飛び降りるのでしょう?ならば、私も飛び降りましょう。

あなたと話したからか、一人になりたくないの。」

そう言い切れば彼は困った顔をしながら私の手に触れた。

彼は本当にここから飛び降りて死ぬのだろうか。


 町の喧騒だけが周りを包み込んだ。彼は私の手を握って息を吸い込んだ。

彼は不思議な人だった。


 「じゃあ、提案です。僕と一緒に死ぬ前に旅行しませんか?思い出作りに。」

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