都巡り -旅路-

牡丹一華

はじまりの場所(彼女の場合)

その日、私は生まれて初めて親から逃げた。

たどり着いた先は地元の駅から2駅先の7階建てビルの屋上だった。

そこで、私は彼と出会った。


みやこ、貴女はできる子だから、大丈夫。」

「貴女はお姉ちゃんだから、我慢できるよね?」

私は、そう言われながら育った。両親に愛されていない訳ではなかった。

十分にお金をかけて育ててもらった。

それでも、私と4歳差の弟と10歳差の妹。

両親の注意はいつも二人に向かっていたように思う。

弟の和樹かずきはサッカーに夢中で両親は妹のことが生まれるまで和樹にべったりだった。試合があれば必ず応援に行くし、母はサッカーについて初心者ながらに本を買ってきては学習していた。私がフルートを始めても、何も調べなかったのに。

それでいて「できるはずだからコンクールで賞をとれるでしょう?」と言うのだ。

私は母親を満足させられるように努力した。

コンクールでは何度か優秀賞を取った。

そうすれば、母親は私を褒めてくれた。


 琴が生まれてから両親は琴にべったりになった。和樹は両親の注意が外れたことに清々したらしい。両親を鬱陶しいと思っていたらしい和樹は楽しそうな表情が増えた気がする。両親は琴が可愛くて仕方ないらしい。

年を取ってから生まれた琴に父親は大して怒ることもなく、母親はきせかえ人形のように服を買い、おもちゃを買い与える始末だ。

「お姉ちゃん、これ、お母さんと一緒に作ったの!!ビーズのブレスレット!!お姉ちゃんにあげる!!」

私に無邪気に話しかけてくる琴が可愛くない訳ではない。

「ありがとう。大事にするね。」

笑顔を向ければ琴と母親の笑顔が見られる。

琴を見ながら母親の顔色を伺う。

「姉ちゃん、ここの問題教えて。」

中学生になった和樹に問題を教えて欲しいと頼りにされるのは嬉しい。

私が和樹に教えていれば母親が褒めてくれる。そんなことも、嬉しい。

父親は、特に何も言ってこないが私が我が儘を言わなければ、家族は笑ってくれる。

幸せな家族だと思う。


 私の大学受験が近くなるにつれて母親はピリピリしていた。そして、私はその雰囲気に耐えられなくなった。

原因は私立大学に落ちたことだ。

センター試験は950点満点中873点。国公立大学に合格できるはずの点数。国公立大学に合格するのが母親にとっては当たり前。

そんな中、私立大学に落ちた。母親は私を責めた。私にとって母親から怒られることは絶望だった。出来の悪い子どもは彼女にとって不必要なのかもしれない。ふと、そう思った。父親は、初めて私に勉強することを強要した。

両親に褒められるために頑張ってきた。友達づきあいを後回しにして両親の願いを叶えてきた。

そんな私は両親の言葉で全てを否定されたように思った。


 これまで、何度も自傷行為を繰り返していた。両親に強くあたられた日には自傷行為をしていた。

そんな私にとって、死はすぐそばにあるものだった。


 だからこそ、家を飛び出してビルの屋上から飛び降りようと思ったのかもしれない。

どうせ、要らない子なのだから、と。



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