11話 謎は解けた!

「お待たせしました!」

「どこ行ってたの?」

「ええ、ちょっと」


 駄菓子屋からの帰り道、シュンスケ君だけが一度家に寄っていった。何やらアキト君に頼まれたみたいだけど。一足先に〈フランス館〉に戻ったあたしたちは、書斎でそれを待っていたわけだ。


「これで全員揃ったな」


 ナツキ君が辺りを見回した。

 一人ひとりを確認してから、最後にアキト君へと顔を向ける。


「それで、幽霊の謎が解けたって、本当か?」

「ああ。昨日の夜、消えた幽霊の謎についてはね。だけど、まずは屋敷の方の謎について話すよ」


 ついにきた。


 アキト君は駄菓子屋からの帰り道に、幽霊の謎が解けた、と言ったのだ。

 あたしたちは緊張した。

 謎が解けた。

 この言葉にいったいどれほどの意味が詰まっているんだろう!


「それが何の関係があるんだ?」


 アキト君は何気ないそぶりで、ナポレオンの肖像へと目をやった。

 あたしたちはそれを固唾を飲んで見守っている。

 まるで、名探偵の謎解きシーンみたいだ。


「昨日、現れた幽霊については、この〈フランス館〉の秘密を明らかにしておく必要があるんだ」


 振り向くと、ついに始まった。


「この〈フランス館〉は、フランスと名を冠してはいるけど、実はフランスよりももっと明確にイメージされている人物がいるんだ。それは――ナポレオンもそうだし、あの止まった時計も、屋根裏の黒板も、瓶の中に入っていた模型にも関係がある。小机の引き出しの中の文字も。それから、ナポレオンと対峙するように作られたあの英国庭園でさえも、すべてがある一人の人物をイメージして作られているんだ」

「ナポレオンじゃなくてですか?」

「ああ。その人物は、紛れもなくフランス人だ。自分をナポレオンにたとえ、”トラファルガーの再戦”といってとあるイギリス人紳士と対決した。屋根裏の黒板にあったように謎を解き、変装した。模型の船に乗っていた時に捕まった。小机を盗みだし、ハートの7に関係のある人物」


 アキト君は面白がるようにして言った。


「フランスが生んだ稀代の怪盗紳士。アルセーヌ・ルパン」


 ――怪盗紳士。


「……って、図書館とかに置いてある、小説の?」

「どういうことだ?」


 いまいちぴんとこない。


「ルパン譚の中で、ルパンが自分自身をナポレオンにたとえるシーンがあるんだ。そのとき、ルパンはイギリスの名探偵と対決している」


 そういえば、ナポレオンはトラファルガーの海戦でイギリスに負けたって話を聞いた気がする。


「もちろんそれだけじゃない。あの小机の引き出しに書かれていた文字も、それから金髪夫人という女性が登場するし、”ハートの7”という小説が存在する。瓶の中に入っていたのはプロヴァンス号の模型だし、……もしかすると、小机の上のランプは、ユダヤのランプだと思う」


 ぽかんとするあたしたちをしり目に、アキト君はそのまま続ける。


「でも、一番の理由は屋根裏部屋の黒板だ。あれは多分、『奇岩城』の謎解きを再現したものだったんだ。まるでルパンがたった今あの黒板で謎を解いたかのように細工したんだ。一つ一つはまったく別物に見えても、これだけ揃うと偶然ではありえない。つまり、〈フランス邸〉は明らかにルパン好きの人間が作ったものなんだ。ノルマンディー様式の外観にしたのはおそらくエトルタを意識しての事だろうし……」

「あ、アキト君、ちょっとまって!」


 あたしは今すぐにでも肩を掴んで揺さぶってしまうところだった。

 アキト君ははっとして、頭を掻きながらあたしたちの方を振り返る。


「……とにかく、この家はルパンの隠れ家的な物を意識して作ったに違いないんだよ。家の元の持ち主も、”ふらんすかぶれ”で、時々シルクハットをかぶっていた」

「だけどよう、それが幽霊とどういう関係があるんだ?」

「隠れ家を意識しているって事は、ある程度家の中に仕掛けが施されててもおかしくないよな?」


 アキト君はそう続けたけど、あたしたちはお互いを見合わせた。


「そうだなあ。みんな、悪いけど廊下に出てくれないか。俺が合図をしたら隣の居間に入ってくれ。それとナツキ、おまえはちょっとこっちに」

「お、おう」


 あたしとシュンスケ君、それからフユは、戸惑いながら廊下に出た。

 いったい何をする気なのか……。


 いわれたとおりに、廊下を歩いて隣の居間へと赴く。そもそも、合図をしたら居間に入るってどういうことなんだろう。

 そんなことを思っていると、書斎の扉が開き、アキト君が顔を出した。


「みんな、入って」


 そもそも書斎で何の準備をしていたんだろう。

 そう思いながら居間の扉を開ける。


「よう、遅かったな」


 そこには得意満面のナツキ君が突っ立っていた。


「ナツキ君!?」


 予想ができずに、思わず固まってしまう。後ろからシュンスケ君とフユが身を乗り出してきて、あたしは押し倒されそうになった。


「いつのまに入ってきたんですか!?」

「だ、だってさっきまで書斎に……!」

「ここだよ」


 アキト君の声が聞こえたかと思うと、ガタンと暖炉から音がした。

 偽物の暖炉の向こう側の壁が開き、


「ここは隠し通路になってたんだ。ちょうど暖炉の突き当りが、ナポレオンの下の板のところになっていて――開くようになっていたんだ」


 あたしたちは秘密の通路を潜り抜けて、もう一度書斎に戻った。あたしも含めて、みんなにやにやしている。普通の家にこんな仕掛けがあるなんて思ってもみなかったからだ。

 最後にアキト君が出て来ると、抜け穴の扉を閉じた。


「つまり、”幽霊”はまず書斎の窓から侵入した。この抜け穴の存在も知っていたんだろうね。昨日の夜、二人に見つけられて焦った”幽霊”は、あわてて居間に入ったあと、この秘密の扉を潜り抜けて書斎に出た。そして窓から再び外へ出て行った」


 立ち上がって、視線を向ける。


「お巡りさんが目撃された時も、この部屋にいた”幽霊”は慌てて抜け穴に入った。テーブルの裏だからぱっと見はわかりにくいしね。普段は鍵がかかっていた扉が万一開いていたりしたら、誰かいることがわかってしまうし」

「でも、それじゃあ昨日の女性の悲鳴は? いったいどこから?」

「このナポレオンが示しているのはこの一つだけじゃない。シュンスケ、例のものは持ってるか?」

「もちろんですよ!」


 シュンスケ君が懐から折りたたまれた紙を取り出した。

 広げられたそれは、あたしたちも見たことのあるものだ。


「これって、ナポレオンの肖像画?」


 書斎のど真ん中に飾ってあるのと同じ絵だ。馬に乗って天空を指さしている、有名な絵。


「さっき、教科書の絵をコンビニで拡大コピーしてもらってきたんだ。ほら、このナポレオンの絵。一見気付かないけど、指先だけが本来の絵と違うんだ。この書斎のナポレオンは、右手の指先が握られている。だけど本来のナポレオンの肖像画は、右手は軽く開いているんだ」

「え? う、うそっ!」

「そうなると、ナポレオンが指さしているのは何か。横にあるのは事典だけど――足りない巻数があるよな」

「ええと、一巻と三巻と……八巻?」

「もうここまでくるとわかると思うけど、アルセーヌ・ルパン譚には、『八一三の謎』という有名な話がある。この家の中で、八と一と三を指し示しているものがもう一つあるだろ?」


 数秒、あたしたちはお互いの顔を見つめあった。


「時計だ!」


 全員の声が一致して、ナツキ君は書斎から飛びだし、シュンスケ君がカメラ片手にその後を追った。あたしもわくわくして、フユと手をとって飛びだした。


 アキト君が歩いてくるのを待って、ようやく時計の前で全員が揃った。


「八時五分十五秒は、八と一と三、なんだね……」


 止まっていた時計は、これ自体が仕掛けの一つだったのか。


「でも、これと女性の幽霊にはなにか関係があるの?」

「それはたぶん――ちょっとまってて」


 アキト君は時計の後ろの壁をまじまじと見て、軽く指でこすったり時計を軽く押したりした。途中でナツキ君を呼ぶと、何やら一緒に考え始める。

 どうやら時計の左右の壁に、引っかき傷のようなものがないか探しているようだった。

 それは、時計をどちらかに動かした跡だというのだ。


「おい、これじゃないか!?」


 ナツキ君が壁の一部を指さしたあと、にわかに騒がしくなった。


「おいシュンスケ、お前も手ェ貸せ!」


 ナツキ君の声で、三人は時計の左側へと移動した。それから、一気に押す。

 ガラガラと時計を動かしていくと、時計の針がそれに伴って十二のところにまで動いていく。それと同時に、悲鳴のような音が響き渡った。


 ぎぃあああああ――


「こ、これって!」


 忘れようもない。


「〈幽霊の悲鳴〉!」


 フユが口元に手をあてて叫ぶ。


「長年のサビやなんかで、音が変化したんだと思う。特に夜だと、人や車の通りもなくて静かだしね。それが外にまで小さく響いてたんだ。このぶんだと、中の歯車も一度油をさす必要がありそうだ。これが幽霊の悲鳴の正体だよ」

「でも、なんでこんなところに地下室が……?」


 あたしはアキト君を見る。

 アキト君は当然といった顔で口を開いた。


「防空壕だよ」

「ウメばあが言ってたやつか!」


 ナツキ君が合点がいったように叫んだ。


「も、もしかして……」


 あたしは干乾びた死体を想像してしまった。ごくりと息をのむ。


「無いよ、そんなの」


 あたしの想像を読んだみたいに、アキト君がぱたぱたと手を振りながら言った。

 もわもわした想像が吹き飛ばされる。


「元々地下にあった空間を、そのまま地下室として活用したんだと思う。もちろん、ただ作るだけじゃない。家を作り直した際にこんな仕掛けまでつくってしまったんだ」


 アキト君は古時計を軽く叩きながら言った。


「これが、家具を動かせなかった――いや、家具を動かすなと言った理由なんだと思う。秘密の抜け道に秘密の地下室。家そのものの構造と家具、どちらも仕掛けに必要で、それでこそ一つを作り上げている。この家を作ったひとは、とても冒険心に溢れた人だったんだ」


 そう語り続けるアキト君は、とても楽しそうだった。

 冒険心という言葉が、なぜかあたしの心にもぐっと踏み込んでくる。

 もう失われてしまった――失われてしまったと思っていた世界が、すぐ目の前に近づいてくるような――。


「それはいいんですけど……」


 シュンスケ君が現実に引き戻すように、けれどもそわそわとしながら言う。


「この先には何があるんです?」

「今までの事を考えると、もしかすると……」


 アキト君は壁を一度ライトで照らした。

 壁には黒いコードが隅の方から伸びていて、下につながっている。


「灯りのスイッチは下かな。みんな、気を付けておりてきてくれ」


 そう言うと、地下階段の方をライトで照らして下におりていく。


「よし、行くぞお前ら!」


 ナツキ君が意気揚々とその後に続く。

 シュンスケ君がカメラを撮るのも忘れて、そのあとに続いた。あたしとフユもそれに続いて、ようやく屋敷の謎が明らかにされそうだった。

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