12話 幽霊屋敷の秘密

 コンクリートで作られた無機質な階段は、ちょうど一階分くだったところで終わっていた。

 アキト君は壁のあたりをライトで照らし、スイッチのようなものを押す。


 パチリ。


 電気がついて、仄明るい空間が浮かび上がった。


「わっ……」


 そこには驚くばかりの光景が広がった。

 テーブルには数々の宝石や工具が散らばっていた。

 他にも蓋の真ん中が硝子になっている木製のケースや、ハートの引き出しが開けっ放しのままになっている。

 床にも黒い鞄や放られたままの箱が散らばっているほかに、隅の方には布がかけられた荷物が置かれたままだ。

 その布をどかすと、額に入れられた絵がいくつも現れた。大きさはばらばらで、モチーフも、花のいけられた花瓶だったり、果物だったりと様々だ。

 ナツキ君が、そのうちの箱の一つを手にとって、蓋を開けた。


「うわっ」


 覗き込んだシュンスケ君が声をあげる。


「すっげぇ、お宝じゃないか、これ?」


 箱に入れられているのは、真珠のネックレスや、きれいな石のついた指輪や、小さな石がたくさんつけられたブローチだった。

 紺色の小さな箱や、長方形のケースに入っているものもある。

 場にそぐわないような明るい色のポーチを開けると、小さな冊子と小さな黒い袋が入っていた。

 冊子の方には〈マトバ銀行〉と書かれていて、銀行のマスコットキャラが端の方に小さく描かれていた。黒い袋には、白い円柱形の印鑑が入っている。

 お宝にしてはとても現実的だ。絵画とか年代物の彫刻やツボとかだったらまだわかる。

 それなのに……。


「これ……もしかして、通帳と印鑑?」


 ――なんでこんなものがあるんだろう?


 確かにアルセーヌ・ルパンは〈怪盗〉だから、こういったものが隠してあってもおかしくない。けど、それにしては現代的すぎる。


「うわあっ」


 シュンスケ君があげた悲鳴に、思わずそっちを見る。


「こ、これ、お金じゃないですか!」

「うひょー! すっげえ!」


 覗き込むと、袋の中にお金がたくさん入っていた。

 それも百円や十円なんてものじゃなくて、お札がたくさんだ。千円もあるけど、くしゃくしゃの一万円札がいっぱい入っている。


「これが幽霊の正体だよ」

「正体って……?」


 あたしが聞くと、アキト君はポケットから折りたたまれた紙を取り出した。

 テーブルの上に広げる。


「あ、それ……」


 回覧板の、〈空き巣に注意〉の紙だ。


「半年前から、この近辺では空き巣が増えていたんだよな。この屋敷に幽霊が現れたのも、ちょうど同じ時期だ」

「ええ、そうですけど……」

「それとなんの関係があるんだ?」

「たぶん、その空き巣だかドロボウだかは、当時まだ空家だったこの家を盗品の隠し場所にしていたんだと思う」

「えっ?」


 あたしは自分でもばかみたいな声をあげてしまった。


「ドロボウが幽霊ってこと?」


 と、フユ。


「この〈フランス館〉が幽霊屋敷と呼ばれるようになったのは、見た目がお化け屋敷みたいだから……って理由だろう?」

「ああ。そうだ」

「だけど、その理由を知らずに幽霊屋敷とだけ聞くと、人は幽霊の出る、あるいは幽霊の噂のある屋敷なんだと思ってしまう。実際は見た目の問題だったにも関わらずだ。たぶん、ここを隠れ場所にした人もそう思ったんだろうね。幽霊屋敷というからには、幽霊が出る。そう思ったからこそ、幽霊騒ぎを起こして人を遠ざけようとしたか――もしくは、勝手に尾ひれがついたかのどちらかだ」

「じゃあ、幽霊の正体って、その泥棒?」


 私の質問に、アキト君はうなずく。


「そうだと思う。今までは推測に過ぎなかったけど、ここにあるものを調べてもらえば、話はカンタンだよ。何しろこれだけ現物が保管されてるんだから」


 アキト君はうなずいた。

 あたしは簡単どころか感嘆の息を吐いた。

 ――これ全部が盗品!

 でも、そうでもないと、宝石やお金や絵に混じって通帳や印鑑があることの説明ができない。


「大時計の仕掛けは、気付いてしまえば簡単だよな。もしかすると大時計を売るつもりで動かして、この秘密部屋を知ったのかもしれない。そのあとは盗品を売るまでの一時保管庫として利用していたのかもな。使っている間にずるずると半年も経ってしまったのかはわからないけど」


 アキト君はテーブルを指先で撫でながら言った。


「そうだ、警察!」


 ナツキ君が気付いたように叫ぶ。


「で、でも、どうやって説明するんですか?」

「いざとなったら母さんが来る。オレたちがその当時まだこの家に入ってないのは証明できるし、今すぐ警察に……」

「そのとおり……」


 急に野太い声が階段の上から響いた。


「全員、動くな!」


 振り向くと、階段に男が立っていた。

 手に黒いものを持っていて、その先を突きつけている。


 ――拳銃!?


 アキト君が手を伸ばして、あたしとフユを後ろに隠す。

 ナツキ君も前に出てくれていた。


 男は黒いジャージのような服で、ハンカチで口元を隠していた。目元は出ているようだけど、帽子を深くかぶっているせいで顔はわからない。


「ただのおもちゃだと思うなよ、ガキども」

「なんだと?」


 ナツキ君が食ってかかろうとしたけれど、男は拳銃をナツキ君に向けた。緊張が走る。


「くっ……」

「いいか、全員そのまま動くなよ。いい子にしてれば殺しはしないさ。こんな所に忍び込んだのが運の尽きってわけだ」


 男は低く笑うと、あたしたちをじっとりと見つめた。

 アキト君も両手を上に挙げていたけれど、じっとその様子を眺めていた。


「忍び込んだもなにも、ここはもうオレたちが賃貸契約を交わしている。住居侵入はあなただけだ」


 思ったよりも冷静な声だ。

 男は発せられた声に一瞬拳銃を向けたけれど、少したじろいだように見えた。


「いけ好かない小僧め」


 不可解なことに、動揺はしっかりと尾を引いていた。

 それでも、まだ窮地から抜けだせたわけじゃない。あたしとフユはしっかりとお互い抱き合った。


「この金品を盗んできたのはやっぱりあなたなんですか?」


 アキト君はそのまま質問を続けた。ぎょっとしたけれど、男は笑いながら答えた。


「ああ、そうさ。これ以上ない隠し場所だろう」

「では、昨日忍び込んだのもあなたですね?」

「そのことか。昨日は驚いたぜ。なにせ、誰もいないと思ったのに人がいるんだからな! ガキどもだったと知ってりゃあ、そのままなんとかしたんだがな」


 つまりは昨日の幽霊もかれの仕業だった、……ってことは。


「それじゃ――幽霊騒ぎも、あなたが?」


 あたしは思わず声をあげた。

 男は胡乱な目であたしを見る。


「ここは名の知れた幽霊屋敷なんだろう? 俺は信じちゃいなかったがな」


 ……この人も、幽霊屋敷を誤解してたみたいだ。

 それにつられて肝試しだのなんだのいい始めたのは、あたしたち子供だけだったってことみたい。

 一触即発の空気に、冷や汗が流れる。

 いつ撃たれてもおかしくない。いったいどうすれば……。


「うわーっ! 僕たち殺されるんですか!」


 シュンスケ君が急に声をあげた。

 でもなんだか、棒読みっていうか、すごく下手だ。わざと大声を出してるように聞こえる。


「おい静かにしろ、ぶっ殺すぞ!」


 男が威嚇する。


「殺されるなんて嫌ですよー!」

「しゅ、シュンスケ君、ちょっと……」

「下がって」


 アキト君が小声で言った。

 でも何とかしないと殺されちゃう!

 業を煮やした男が、銃を片手に構えたままこっちに近づいてきた。

 あたしは悲鳴をあげかけた。


「うおっ!」


 ところが、悲鳴をあげたのは男の方だった。

 視界の中で急に男がひっくり返り、一番最初に動いたのはナツキ君とアキト君だった。

 手から離れた拳銃を、アキト君が蹴り飛ばす。意外に軽い音がして、部屋の隅に拳銃が転がった。あれは、とアキト君が呟いたのを聞き逃さなかった。


「今だ!」


 ナツキ君が倒れた男の股間を蹴りあげた。ものすごい呻き声がして、男は股間を抑えたままうずくまる。

 気付けば、床には大量のビー玉が転がっていた。これに足をとられたみたいだ。

 このビー玉ってもしかして、ナツキ君がウメばあの所で買った物?


 いったいいつの間に、と思ったら、シュンスケ君が親指を立てていた。

 そうか。さっきシュンスケ君が大声をあげた時だ。男の視線が離れた隙に、ナツキ君がビー玉を転がしたに違いない。


「よし、今のうちに警察――」

「く、くそっ! このガキ……」


 男は銃ではなく、懐へ手を伸ばした。手を出したときには、その手の中にぎらりと鋭く光る銀色を握っていた。折りたたみナイフだ。

 そのままナイフを振り回す男に、ぎょっとしたナツキ君がたたらを踏む。


「もう許さねえ、殺してやる!」

「きゃあっ!」


 すぐとなりにいるのに、悲鳴がどこか遠くに聞こえる。


「ナツキ、逃げろ!」

「ナツキ君!」


 男の子たちの声が響き渡る。


「動くな!」


 びしりと混乱を切り裂いたのは、女の人の声だった。

 男の肩がびくりと跳ねて、後ろを振り返る。


「警察よ。殺人未遂の現行犯で逮捕します!」


 階段から降りてきたのは女性だった。

 ぴしっとしたスーツに身を包んでいて、茫然とした男の腕を掴むと、自分の方へと引っ張りざまに押し倒した。あっという間に拘束してしまうと、男の悲鳴が響いた。


「いでででで!」

「住居侵入、銃刀法違反、窃盗、余罪もまだまだありそうね。連れていって!」


 男をおさえつけながら、ちらりとその場に目をやった先には、男が盗んで保管していた金品がびっしりと並んでいた。

 階段から、警察官の制服を着た人たちが何人か降りてきた。男は暴れる隙もなく、今度はあれよあれよという間に警察官の人たちに羽交い絞めにされてしまった。


「こ、このっ、なんで……!」

「暴れるんじゃない!」


 そんな声を横目に、アキト君は女性に近づいた。


「間に合ってよかった――母さん」


 アキト君はポケットからスマホを出すと、通知状態になったままのスマホを出した。


「つながってたの!?」


 ということは、あの人の発言はみんな筒抜けだったってことだ。


「まあ、一応ね」

「ああ、もう、いったいなんなの?」


 女性の刑事さんは――もとい、アキト君のお母さんは、冷静に見えてその実混乱したような一言を発した。


「自分の息子から自宅が泥棒の隠れ家になってるかもしれないなんて聞かされた日には、腰が抜けそうになったわよ! おまけに本当だったし――」


 お母さんが刑事さんだっていうのは意外だったけれど。

 それから、アキト君がナツキ君に目を向ける。


「ナツキ、大丈夫か?」

「お、おうよ、あれごときで怯む俺様じゃないぜ」


 さっき怯んでたけど。それに声もちょっとオカシイ。

 それでも、逃げないと殺されてたかもしれないと思うとぞっとする。

 さっきの男の人が警察官に連れられていかれる時、ぽろりと帽子と口元を覆っていたハンカチが落ちた。それを見ていたナツキ君が、眉を寄せる。


「……おい、なんかこいつ、どこかで見たことないか?」


 警察官の人が、思わずあたしたちを見た。

 そういえば、どこかで見たことがある。それもほんの少し前に……。


「あっ!」


 全員の声が重なった。


「ウメばあの親戚の……あの甥っ子の人!?」

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