第15話『花束』

 彼女がそれに気付いたのは、深夜に帰宅した時でした。

 アパートの彼女の部屋の前に、白い包み紙に巻かれて置いてあったのです。

 通路の弱々しい明かりでは、最初生花の束に見えたそうです。

 しかし近付いてみると、それがドライフラワーだと分かりました。

 それは思わず手に取って凝視してしまうような、見事なドライフラワーの花束だったそうです。

 花束には送り主を示す物は一切付いていませんでした。

 誰からか見当が付きませんでしたが、それを手にすると部屋に入りました。

 そのまま空の花瓶に挿します。

 気のせいか、殺風景な一人暮らしの部屋が華やかになった気がしました。

 彼女は床に就くまでの短い時間、その花を見て過ごしました。


 それから1週間後、またあの花束が置いてありました。

 今度もドライフラワーでしたが、花の種類は違っていました。

 相変わらず、送り主を示す物は何もありません。

 彼女は不思議に思いましたが、悪い気はしませんでした。

 今度も部屋の花瓶に飾ります。古いものと差し替えです。

 古い方を捨てるのもためらわれたので、タンスにしまっておくことにしました。


 また1週間後、あの花束がありました。

 今度も種類は違うようです。

 もう彼女はあまり疑問に感じませんでした。

 何より、疲れ果てた心を癒す物が欲しかったのです。

 花瓶に挿すとぼんやりとそれを眺めます。

 そして、いつかその花の送り主と会えるのではないかと期待するのでした。


 けれど、送り主はいつまで経っても現れませんでした。

 相変わらず毎週花は届きますが、それ以上には何もありません。

 彼女は少し裏切られたような気分でした。

 タンスの中には、ドライフラワーがぎっしりと詰まっています。

 そんな時、友人の女性から電話がありました。

 彼女は友人に久々に遊びに来ないかと言います。

 友人は二つ返事で了承しました。


 休日、友人が来ると長々と雑談しました。

 本当に他愛のない話ばかりでしたが、そうすることで気分が楽になるように感じたのです。

 やがて例の花束の話になると、友人はそれを見せてほしいと言います。

 この友人は大学を植物関係の専攻で卒業していたので、どんな物か見てみたかったのです。

 彼女がそれを見せると、友人はその種類を特定していきます。

 すぐに友人の顔色が変わりました。

 しばしの沈黙…………やがて「捨てた方が良い」と、眉間にしわを寄せて言いました。

 もちろん、彼女は納得しません。なぜかと問い詰めます。

 友人は答えました。


 ――そのドライフラワーはだと。


 何十種類の中の1種類や2種類に毒があることは偶然でもありえるでしょうが、全部というのはまずありえません。……意図しない限りは。

 ヒガンバナ、トリカブト……その他諸々の毒草の花束。

 誰が何を思って置いたのでしょうか。

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