第14話『靴』
彼は毎晩、ジョギングすることに決めました。
近頃、少し太り気味なことを気にしていたのです。
もっとも「毎朝」ではなく「毎晩」。
朝早く起きるのは、彼には辛かったのです。
仕事が終わり帰りつくと、すぐにジャージに着替えます。
どこにも寄らず帰ってくるので、それだけでも前よりは幾分か健康的です。
彼は新しいジョギングシューズに足を通すと、少し重そうに走り出しました。
行き先は近所の公園。そこで折り返して帰ってくるコースです。
最初のうち、あまり走れませんでした。軽快に走っているつもりでもすぐに脇腹が痛くなるのです。
そんな時は立ち止まって、しばらく荒い息を立てています。
それも治まってくると、またヨタヨタと走り出すのです。
ジョギングと言うよりは、ゆっくりとした200メートル走でも何度か繰り返しているようでした。
夜にハアハアと息を立ててぎこちなく走るさまは、他人から見れば少しばかり不気味だったかもしれません。
それでも、本人はジョギングしているつもりです。
彼は止めたくなるのを「自分のため」と何度も言い聞かせて続けました。
それから、3週間が経ちました。彼もその習慣にかなり馴染んできていました。
最初のうちは硬かった靴もかなりほぐれてきたように感じます。
何より立ち止まることなく走り続けることができるようになったのが、彼にとっては大きな進歩でした。
速度はそれほどでもなく、速足より少し早い程度でしたが。
その日も彼はいつも通り走っていました。
タッタッタッ――軽快な足音が響いています。
タッタッタッ――その足音が闇に溶ける前に、もう一つ。
彼の背後からです。
誰かが彼と同じように走っているのです。
振り返りますが、そこには夜の闇。相手の姿は見えません。足音もいつの間にかやんでいます。
彼は最初、自分と同じようにジョギングしている誰かが居るのだと思っていました。
しかし、それはおかしいと思い始めました。
待てども待てども、一向にその姿を見ることができないからです。
足音だけが、しばらく付いてくるのです。
誰かが自分を尾行しているのではないか、と不安になります。
ある晩のジョギングで付いてきていると確信すると、曲がり角を曲がった直後に引き返してみました。
誰も居ませんでした。確かに足音はしていたにも関わらず。
代わりに、靴だけが置いてありました。運動靴が歩を進めるような形で並べられていたそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます