第13話『手鏡』

 その日の朝、彼女はいつものように目覚めました。

 服を着替え、軽めの朝食をとり、出かける支度をします。

 手鏡を見ながら髪をとかします。

 鏡の中に映っているそれを見ると、ぎょっとしました。

 鏡の中の時計は、予定していた時刻をとうに過ぎていたのです。

 彼女は慌てて飛び出しました。


 そうして、なんとか仕事には間に合いましたが、しばらくの間は荒い息を立てていることとなりました。

 それでも仕事は仕事。すぐに取り掛かります。

 呼吸が整わないうちにも、せっせと作業をこなします。

 しばらくすると、いつものようにできるようになりました。

 しかし、彼女は頭の中に何かが引っ掛かっていました。

 それは本当に小さなことで、でも確実にあったことです。

 それが何なのかまでは、その時は分かりませんでした。

 何より、忙しさのあまりそれ以上考えている余裕がなかったのです。


 夜遅く。彼女はとぼとぼと帰路を歩いていました。

 その日も忙しかったのです。「相変わらず」と言った方が良いかもしれません。

 それでも、仕事があるのは良いことだ――彼女はそう、前向きに考えました。

 いや、そう考えないとまいってしまうからでしょうか。

 辺りに人気は無く、夜の闇に彼女の足音だけが響いています。

 そんな時、彼女は考えてしまうのです。

 あの曲がり角に、何か恐ろしい物が潜んでいるのではないか、と。

 あるいは、背後から得体のしれない物が近寄ってきているのではないか、と。

 もちろんこれは想像に過ぎません。

 とはいえ夜の闇はそう思わせるには十分な深さでした。

 そして、ふいに思い出します――何かが頭の片隅で小さな違和感を発していることを。

 T字路に差し掛かった時、カーブミラーを見て悟りました。


 ミラー……そう、です。


 彼女は急いで帰りました。


 帰りつくと、あの手鏡をのぞき込みます。

 何も異常はありません。ごく普通に映っています。

 ――でも、確かにあの時は…………。


 そうです。朝見た時は、確かにいたのです。

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