第11話『延長コード』
彼がそれを見つけたのは、よく冷えた日でした。
押入れの整理をしている時、古びた延長コードを見つけたのです。
その延長コードは段ボール箱の奥に隠すようにしまいこまれていました。元は白かったのでしょうが、今は黄ばんでいます。
とはいえ、使えないことはなさそうなので、早速使ってみることにしました。
彼は電気ヒーターの電源コードに繋ぐと、スイッチを入れました。
何も問題ありません。電気ヒーターの熱気が漂ってきます。
彼はそのまま使い続けることにしました。
テーブルの下、足元に電気ヒーターを持ってきて、本を読もうとします。
しかし、しばらくするとついうとうととして、居眠りを始めてしまいました。
気が付くと、足首の延長コードが絡まっています。
絡まらないように遠ざけてあったのにおかしいとは思いましたが、確かに絡まっているのです。
軽く絡まっているだけなのですぐに解けましたが、なんだか釈然としません。
それから、時折コードが絡まるようになりました。
絡まる時は、決まってうとうとして意識のはっきりしない時で、なぜそうなったのかさっぱり分かりません。
また、気が付くと床で寝ていたりして、足だけでなく手に絡まっていることもあります。
彼はこれはおかしいと思い続けていましたが、他のことの忙しさにそればかり気にしている訳にもいきませんでした。
何度も絡まりながらも、それを深く考える余裕はありませんでした。
そのうち、それが日常となってあまり気にしないようになりました。
その日、彼は仕事に疲れて遅くに帰ってきました。
頭はぼんやりとしており、気のせいか足元もふらついているように感じます。
自宅に帰りつくと、電気ヒーターの熱に心地良くなって、ついうとうととしてしまいました。
気が付くと、天井が見えました。
どうやら、電気ヒーターにあたっているうちに床で眠りこけてしまったようです。
頭を起こそうとすると、首の所に何か引っかかる感触がありました。
見ると、首にあの延長コードが巻き付いています。
延長コードが絞め殺そうとしている――彼は寒気がするのを感じました。
慌ててヒーターの電源を切ると延長コードを片付けました。
2日後、彼の恋人が訪ねてきました。
しばらくは彼と他愛のない話をしていましたが、部屋の隅に縛って置かれている延長コードに気付きました。あのコードです。
彼女は使わないのならくれないかと彼に言いました。
彼は最初駄目だと言いましたが、それでも彼女が頼み込むと了承せざるを得ませんでした。
延長コードに絞め殺されそうになったと言っても、頭がおかしくなったと思われるだけだと思ったのです。
……かといって、コード一つあげるのを渋るケチな男とも思われたくありませんでした。
2週間後、彼女がまた訪ねてきました。
彼女はあのコードはおかしいと言い出しました。
そこで彼は、もう言った方が良いだろうとその話を切り出しました。
けれども彼女は、違うと言うのです――あのコードは絞め殺そうとしていない、と。
彼女が言うには、あのコードが巻き付くのは人恋しさゆえに、だそうです。幼子が気を引こうと親の手を引くのと同じように。
だから決して、きつく締め付けるような強引なことはしない、と。
確かに、彼の首に巻き付いた時もそれほどきつく締まっていなかったようでした。
だが、彼は頭に浮かんだ想像が消えず、彼女の言うように思えませんでした。
彼が反論すると、彼女もそれはないと言い返します。次第に口調は熱を帯び、激しい言い争いへと発展しました。
結局、2人はその口論が元で別れたそうです。
それにしても、どちらが正解だったのでしょう。
あのまま放置していれば彼の首を絞めたかもしれません。……あるいは、そのままだったかもしれません。
もしくは、どちらも正しかったのかもしれません。
彼に対しては敵意、彼女に対しては親しみをもって接したのかもしれません。
そもそも、あの延長コードに本当に意思があったのでしょうか?
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