第8話『防犯ブザー』

 ある小学校のPTAで、子どもたちに防犯ブザーを持たせるようにとの連絡がありました。

 不審者が目撃されたとの情報が相次いでいたからです。

 彼女はその学校の2年生のクラスの担任でした。


 防犯ブザーを持たせてすぐは、イタズラであるいはなんとなく試しに鳴らす生徒がたくさん居ました。

 それも2週間ほど経つと落ち着いてきて、今ではカバンに付けているだけです。

 その間に不審者の目撃情報は度々ありましたが、生徒がどうかされたとは聞きませんでした。

 そのうち、皆気が緩んできました。

 不審者と言っても、怪しいだけで何かした訳ではない、特に気にすることもない……そう考えだしたのです。

 遅くまで出歩いている子どもも目立つようになります。

 親たちも最初のうちは注意していましたが、仕事や家事に追われて忘れがちになりました。

 そんな時、その事件は起きました。


 女の子が一人、居なくなったのです。彼女のクラスの生徒でした。

 女の子の母親は必死になって探しましたが見つかりません。近所の大人や警察にも協力を頼みましたが、それでも見つかりませんでした。

 代わりに、あの防犯ブザーだけが見つかりました。

 道路脇に落ちていたそうです。

 ブザーを鳴らすための紐は引かれていましたが、鳴っていませんでした。

 付近の住人にも、防犯ブザーの音を聞いたという人は居ませんでした。

 母親がそれを見ると、娘の物に違いないと言いました。

 警察は事件性があると判断したのか、一時的にそれを預かると言いました。

 彼女はその時、少しでも何か分かったら知らせてほしいと頼み込みました。


 数日後、警察の人から彼女に電話がありました。

 最初、ありきたりな情報ばかりでしたが、ふいに声を潜めました。あの防犯ブザーのことです。


 ブザーを一通り調べた後、分解してみたのだそうです。

 中の配線が切断されていました。――明らかに人の手によって。

 つまり、あのブザーが鳴っていなかったのは故障ではなく、意図的に引き起こされたのです。

 とっさにそんなことができるとは思えないとのことでした。

 おそらく、失踪するより前にブザーの配線は切断されていたのでしょう。

 そんなことができるのは…………。


 そこまで話した後、警察はその子の家庭環境について教えてほしいと言いました。

 しかし、彼女にはごく普通の幸福な家庭にしか見えなかったそうです。

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