第6話『シール』

 彼女がそれに気付いたのは、娘が帰宅してすぐにでした。

 娘のカバンに見慣れないシールが貼ってあるのです。

 そのシールは蝶を模した物で、ラメの光沢で少し目立つものでした。

 彼女は娘に訊きましたが「もらった」というだけで、詳しくは話そうとしませんでした。

 その時は、娘が気に入っているならいいかと思ったそうです。


 次の日、下校時間を大きく過ぎても彼女の娘は帰ってきませんでした。

 最初のうち、どこかで遊んでいて帰宅時間を忘れているのだろうと、あまり気にしなかったそうです。

 それでも、日が暮れ始めると、何かがおかしいと思い始めました。

 学校にも連絡しましたが、とっくの前に下校したとの返事。行きそうな所に電話を掛けたり、近所を探し回りましたがどこにも居ません。

 とうとう警察に連絡しましたが、行方は分かりませんでした。

 誘拐かとも思われましたが、身代金の要求はありません。

 何の手がかりもないまま、待ち続けるしかありませんでした。


 ぼんやりと娘を待ち続ける日々。彼女は日に日に衰弱していきました。

 何も手につかず、食事すらもあまりしないようになります。

 彼女の夫も、言うべきことが尽きたようで、声を掛けることすらできません。

 やがて彼は彼女と顔を合わさないよう、深夜に帰宅するようになりました。

 そんな時、彼女は娘のカバンに付いていたシールのことをふと思い出しました。

 パソコンで検索サイトを立ち上げて調べてみますが、それらしきシールは見当たりません。

 なんとなく電話してみた友人にも、シールのことを訊いてみました。

 「どんなシール!?」――突如、友人の口調が厳しい物になりました。

 彼女がシールのことを詳しく説明すると、「やっぱり」という返事がありました。


 そのシールは、ある変質者の集団が誘拐する標的の「目印」として付ける物だそうです。

 インターネット上で情報交換する彼らは、リーダー以外互いに顔や名前も知らないし標的も知りません。

 リーダーがシールを配布して、わずかのヒントでそれを貼り付けた標的を探します。

 まるでゲームのように誰が先に誘拐するか競い合うのだそうです。


 それを聞くと彼女は呆然としました。

 しかし、そこまで分かれば取り戻すこともできるのではないかと、問いかけました。

 それに対する友人の返答は厳しいものでした。

 知られていると言っても都市伝説のようなもので、警察が真剣に捜査してくれるとは考えられない――と。

 自分個人で追うことはできるが、あまり期待はしないでほしいと言いました。

 それでも、彼女は友人に必死で頼み込みました。そうするよりほかはなかったのです。


 5日後、友人から「行方が分かった」という旨のメールが届きました。

 それを見て、彼女の頭は真っ白になったそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る