第3話『古本』

 彼女は本を読むのが大好きでした。

 もっとも、新品を買うのは高いので古本屋か図書館に行くことが多かったのですが。

 このお話も、古本屋で買った1冊の本が始まりでした。


 その本は推理小説の文庫本で、300ページ弱の厚さというごく普通の本でした。

 彼女はあんまり面白くないと思いつつ、ページを読み進めていました。

 その時ふと、手が止まりました。

 そのページに黒っぽい点のような汚れがあったのです。

 彼女は顔をしかめました。

 古本の場合、多少の汚れやページの曲がっていたりは珍しくありません。お菓子のカスが付いていたりすることもあります。

 とはいえ、あまり気分がいい物ではありません。手に入れた物が傷物だったと分かると、途端に幻滅してしまうのと同じことでしょうね。

 彼女の場合も同様で、その本に対して執着が薄れてまだ読んでいないページまでペラペラとめくりました。

 その後も、同様の汚れがあちこちに見られます。どこかの一文字に少し掛かるように付いています。


 わ……た…………し?


 彼女は汚れの点の付いた箇所を無意識に読んでいて、気付きました。

 確かに「わたし」と読めます。

 最初は偶然かと思ったそうです。しかし、偶然でそうなる確率が非常に低いだろうと思い、考え直したそうです。

 これは、誰かが託したメッセージなのだと。

 もちろん、ただのイタズラかもしれません。

 それでも、彼女は意味のあるメッセージだと感じたそうです。

 彼女は「メッセージ」の解読にかかりました。

 もう本文の意味は追っていません。ただ、点のある文字を探すためだけにページをめくります。

 こうして、メッセージを解読して呆然としました。


 わたしはとじこめられて

 ほんだけがそととのせってん

 だれかたすけて


 イタズラかもしれない……それを見た時、そう考えなおしたそうです。

 怖かったのでしょうね。自身がお話の中でしか関わったことのないような事件に巻き込まれるのが……。

 彼女はそれ以上詮索しませんでした。その本は燃やしてしまったそうです。

 確かに、それは隠蔽かもしれません。けれども、そうなった時に世のどれ程の人が的確な判断ができるのでしょうか。


 それから2年後、彼女の中でその本のことは忘れられつつありました。

 もっとも、これは彼女が意図して思い出さないように努めたことが大きかったのですが。

 相変わらず本を読むのが好きで、その日も古本屋で1冊本を買いました。

 自宅に帰って読もうとした時、あったのです。あの汚れが。

 彼女は以前のことを思い出し、本を処分しようかと迷いました。

 知らない方が良い……そう思いつつ、メッセージを知りたい衝動に駆られます。

 その晩、深夜に目を覚ますと解読に向かってしまいました。

 以前と同じように一文字ずつ拾っていきます。

 答えを見た時、彼女の体が震えだしました。


 なぜだまっていた


 それは明らかに彼女に向けられたものだったからです。

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