第18話 最後の時間
「君から今まで彼女と過ごした記憶を消す」
天使は
「記憶を消す?意味がわからない!!じゃあ今までのは何だったんだよ!短かったけど、彼女ともう一度見会って話せて、作った思い出は何だったんだよ……。」
天使は呆れたような顔をして、いまの僕には会心の一撃とも言える台詞をぶつけてきた。
「君は本当に自分勝手だね」
僕は言い返そうと一度前のめりになったがやめた。
天使の言う通りだ、僕は自分よがりで彼女のことなど考えてもいなかった。
ただ離れたくない、一人になりたくない、そればっかりで……彼女のことなど考えてすらなかった。
本当に情けない。
そんな僕を見て、天使は石段から腰をあげるとこう言った。
「君は桜木里穂からたくさんの感情や思い出をもらったんでしょ?」
「ああ、数え切れないぐらいもらったよ」
「例えばの話なんだけど、もうこの世にいない彼女へ何かあげられるとしたらどうする?」
天使は僕を試すように首を傾げて見せた。
「そんなの決まってる!あげたい!何か彼女に関わることで出来る事があるなら、したい!」
天使は首を縦に2回振ってから荒木莉帆の方を見た。
それを見た莉帆も小さく頷き目を閉じると、彼女の足もとの小枝や落ち葉が細かく動き始めて、体の周りには光がポツポツ灯り始めた。
気づくと彼女の姿は変わっていた、そこに居たのは懐かしいさと寂しさを宿した桜木里穂だった。
「里穂……桜木里穂なのか?」
「久しぶり!頭の中では何度かあってたけど、現実で会うのは久々でなんか落ち着かないね」
彼女は今にも泣き出しそうなのを必死に抑えて、無理やり笑顔を作っているのが分かって、僕は今までの自分勝手を深く反省した。
すると彼女は袖で目をこすり始め、いつの間にかしゃがみこんで下を向いて、少しの静寂が流れた。
彼女は何か収まりがついたように顔を上げると、僕の顔を上目遣いで覗き込む。
「もう、泣かないって決めてたのに!」
「ぶっ……ははははは」
「なんで笑うのよー!」
彼女がムスッとして立ち上がると、僕の顔を覗き込んだ。
「いや、なんで僕の前にいるこの子は泣くのを我慢してるのかなー?って考えたらおかしくって!」
「何がおかしいのさー!」
僕は笑いすぎて
そして両腕を大きく広げて笑ってみせる。
「我慢なんてしなくていいだろ」
僕のその言葉で彼女にかかっていた魔法が解けたんだろう。表情がくしゃっとなって、目尻にシワができる。いつもの泣き顔だった。
里穂は僕の胸の中に顔を埋め、声を大にして泣いた。
きっと今までの悲しみが爆発したんだ。
「ずっと会いたかった」
「頭ん中であってたじゃん」
「あれは違う!こうやって輝君の暖かいのにふれたかったの……。」
「そ、そっか。ならさ、これって里穂のやりたかったこと達成できたってこと?ほら手紙に書いてた」
「うん。達成だよ!ありがとね」
「どういたしまして!」
お互い向かいあって笑いあって、こんなに幸せなのはいつぶりなんだろう。
この幸せの中で僕は一つの決心がつけられた。
でも、きっと前までの僕なら決めかねていた決心だ。
だけど、今ならきっと言える。桜木里穂、荒木莉帆と過ごしたこの少しの間で僕は生きることの素晴らしさや、命の脆さを知った。
動かなきゃ何も変わらないことも。
誰かを死ぬほど好きになることも。
それを失うことの悲しみも。
乗り越えていける強さも。
とてもとても、濃い時間だった。
僕は彼女を体から離すと、決心を伝えた。
「こんな僕の為にいろいろとありがとう。天使の解説とやらを聞く決心がついたよ」
「うん、ごめんね。こっちこそ、ありがとう」
僕と彼女のこのやりとりが聞こえたのか、天使は僕らの隣に歩いてきた。
「決心がついたみたいだね!僕の時間も有限じゃない!ちゃっちゃと始めちゃおうか」
「あぁ、たのむよ」
天使は僕を見てから「じゃあ……」と言いかけたがやめてしまった。そして何か考え込むような素振りを見せてもう一度僕を見る。
「やっぱり真実は本人からの方がいいかもね」
それだけ言うと里穂の横まで走り、肩をポンっと叩いて天使は姿を消した。
あの動作で何かを受け取ったかのように、彼女は僕の方へ歩いてくる。
「伝える役目は私だってさ」
「そっか。まあ、俺もあんなガキっぽい天使からより里穂の口から聞く方がいいかな」
「そお? えーと、 何処から話そうかな……。」
そう言ってしゃがむと考え事を始めた。
その表情や仕草や香りを、このままずっとここで感じていたい。そんな叶わぬ願いすら思い描いてしまうような淡い一時の中で、僕は未来を想像していた。
彼女を失ってまで得たいと思わない。と言って目を背けてきた未来を……。目を閉じると薄っすらと情景が頭に流れ込む。それは結婚式の風景だった。
イメージの中の僕は幸せそうで、周りの皆んなも祝福してくれている。あいにく花嫁の顔は黒く塗られて見えなかったけど、きっと素敵な人なんだろう。
花嫁の顔が里穂じゃなかったことで、自分の中の決心は本物だと改めて実感した。
ゆっくりと瞼を開けると里穂がいた。
僕にそっと微笑みかけて下を向いて、そしてまた顔を上げた。
「話し……始めようか」
「うん、そうしようか」
僕らを覆う木々の隙間から射す光。それにあたっている僕らは何処となく寂しそうで、それでいて嬉しそうな、可笑しな感じだった。
光を浴びながら彼女は口を開いた。
そして里穂は僕ら二人の
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