第17話 運命
僕の疑問を逆撫でるように鳴る携帯、僕はそれを取ることができなかった。
何も言わず消えた彼女への怒りもあったと思う。
でもそんなことじゃない、答えはもっと明白だった。
僕は怖かったんだ。この電話を取れば何かしらの話が始まり、そして9割がた悪い方向へ向かっていく。
そんな、まだ起きもしない未来を妄想して勝手に怖がって、僕は電話を取らなかった。
「着きましたよ」
さっきの不気味な声とは打って変わり、優しく穏やかな運転手の声が聞こえて少しホッとした。
一体なんだって言うんだ。みんな僕を嘲笑っているような気がして、だんだんイライラし始める。
きっと何もかも、僕を落とし入れる為に用意された台本なんじゃないか?テレビ番組のドッキリ企画かもしれない。そうやって僕は現実から目を背けようとした。
でもやっぱり僕は不気味に捕まってしまう。
僕は出来るだけ何も考えないでおこうと思った。
思考を止めた。たまには理性のストッパーを外して、本能のまま生きてみるのも悪くない。
僕は無心のまま運転手にお金を渡し、荷物を持って外に出た。
ボーッと周りを見渡してから二、三歩進んだとき、ジャリって音で僕は足を止めた。
この文明発展を遂げた現代で、ジャリってのはあまり聞き覚えのない音だ。田舎で砂利道だらけの暮らしなら、この音に違和感なんて覚えなかっただろう。
でも普段からコンクリートの道を歩く僕からは違和感でしかなかった。
「ここどこだよ……」
僕をタクシーに押し込んだ赤塚さんは、ハッキリ僕の家の住所を言っていたはずだ。
なのに僕の立っていたのは、田舎っていうよりは家があまりなく、山っていうには坂が少ない。
木々が多く生えた森って感じだった。
それでだ、さっきの音の正体は、思った通り砂利を踏みしめた音だった。でもただの砂利じゃない。
僕はこれに見覚えがあった。お盆や年末年始、よく親に連れて行かれたアレだ。
ここからどう帰るかとか、どこかにコンクリートで舗装された道はないか、そんなことを考えて行動するよりも先に僕の視界の端をかすめた物があった。
それは有名なスポーツ漫画の主人公に付けられて、学校で2、3人見かけるほど、ありふれた二文字だ。
僕はまさかって思いで遠目から眼を凝らす。
やっぱりそこには「桜木」と彫られていた。
そこで、ここが彼女の故郷の近くにある墓場なんだと気付いた。でもなんであの運転手は、ここの場所が分かったんだ?その前に彼女のことだって……。
いろいろと浮き上がってくる疑問が、また僕を揺さぶる。不気味に不思議が加わり、疑念に疑惑がふりかかり、僕の中で毒々しくフツフツと煮えたぎっていた。
そろそろ限界なのかもしれない。
僕の思考が悲鳴をあげるのも時間の問題だ。
そしてそのとき、今にも崩れそうな僕の腰を、更に砕き折る出来事が起きたのだった。
それは消えたはずの荒木莉帆の姿だった。
それだけなら僕も良かった……でも莉帆の隣には、消えていたはずの青木がいた。
それを見た僕は、ここぞとばかりに落ち葉が散らばる傾斜にヘタレこんむ。
そして、予期していた最も嫌なイメージが僕の頭に流れ込んできた。
青木と莉帆は恋仲にある……。
きっとそうだ。だから莉帆は青木に自分の秘密を話し、それを青木は受け止めた。
それだとトイレでの僕と桜木里穂の関係を知っていた事にも納得がいく。
受け止めてもらえた莉帆は、桜木里穂を忘れられずにいる僕なんか置いて、青木の方へ行ってしまったんだ。
嘘だと思いたかったけど目の前にいる莉帆と青木は楽しそうに話をしている。
時折、青木に見せる莉帆の笑顔が僕の胸を突いた。
そして僕は忘れる為にも、この場から静かに立ち去ろうと思った。忘れるってのは言い訳だったかもしれない、ただその場から去りたかったってのが本当のところ。でも運命はそれを許さなかった。
多分、今までに起きた不思議は全て、僕をこの場所に行かせるための下準備だったのだろう。
だから今回もこの場を去ろうとした僕を、その運命が妨げた。
僕の携帯が鳴ったのだ。
着信名はもちろん荒木莉帆、そして墓の前にいる2人が少し驚きながら、音の鳴る方へ振り向いた。
終わった……今まで生きてきて、こんなにも冷や汗をかいたことはあっただろうか。
あの2人の前で一体どんな顔をしたらいいんだ。
笑顔か?怒りか?それとも悲しみ?
真顔で通すのも悪くない、でもきっと僕はそのどれでもない、表情を固めようと必死になって引きつった顔になるのだろう。
「そこにいるの?」
あれこれ考えている僕の方へ聞き覚えのある声が聞こえてくる。なんだよ今更、何が「そこにいるの?」だよ……。僕の中で今まで押し殺していた「彼女が黙って消えてしまったこと」への怒りがふつふつと湧いてくる。
今だ!と思った。僕はその気持ちが消えてしまわぬうちに、2人の前へ飛び出して笑顔を作って、精一杯の演技をした。
「いや〜タクシーの人に連れてこられちゃってさ!ここがどこかも分からないし……。ってあれ? 2人ってもしかして付き合ってたりするのかな?邪魔してわるいなぁ……今から消えるからさ。うん、消えるから……さ。」
初めの威勢は何処へやら、僕は2人の前でいたたまれない顔になっていた。
沈めたはずの悲しみや切なさが全面に浮き出てきて、形となって涙腺から流れる。
そんな僕を見て青木は笑い出した。
僕は目の前でお腹を抱えて笑う青木を唖然として見ていた。普通なら僕はここで「なんで笑うんだよ」って怒る場面だ。でもそれをしなかったのには理由があった。青木の笑い方だ。
彼の笑い方が余りにもおかしかった。
青木とは2年の付き合いだし、あいつの笑い声や話し方、声色なんかも忘れるはずがない。
でも、今目の前にいる青木の声は明らかに別人だった。見た目と合わない若い声。
キャラと会っていない、まるでおっさん顔の人に少年の声を当てたような違和感だった。
一、二分分笑い続けたところで青木はついに笑うのをやめた。そしてこう言った。
「ごめんね、あんまり的外れなこと言うもんだから可笑しくってさ!手短に話すとね、桜木里穂さんのお願いで、君をここに連れて来なきゃいけなかったんだ。ちょっと強引だったのは許してよ!」
青木は話しながらグニャグニャと体を曲げ始めて、話が終わる頃には男の子になっていた。
「君が今日あった?いや違うな、この青木って人は元々この世にいない。僕が勝手に創った偶像。そしてここまで来るのに乗ったタクシーの運転手もね!」
「もしかして……君は天使?」
「まあ、当たらずも遠からずって感じだね」
少年は不気味に笑ってから話を続ける。
「まあ……無駄話はこの辺にして、君は最後の約束を果たしにここに来た!いや、連れて来られたって感じかな?でも「来た」で異論はないよね?」
「ああ、連れて来られなくても僕はここに来ていたと思う」
僕はこの時、半分嘘をついた。いや、今もだ。
僕は彼女を消したくない、ずっと一緒にいたいってのが本音だから。最後って言葉を飲み込めないでいる。
でも、動き出したら止まらない。
きっと桜木里穂が天使に願ったあの日から。僕がここに来て、彼女が消えることは絶対だったんだ。
そうやって、自問し自答している僕の顔を、天使が覗き込んだ。
「君はこれが最後って言葉に戸惑ってるようだけど、こればっかりは変わらない事実さ。そして、今から僕が全ての答えあわせをして……」
「して………?」
「君から今まで彼女と過ごした記憶を消す」
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