第15話 三つ目のお願い

僕は隣でスヤスヤと眠っている莉帆を起こした。

彼女は眠そうな顔で目をこすり、僕をボート見つめてくる。それが余りにも可愛くて、そう思わず頭を撫でてしまうほどに。

莉帆は目を細めて、凄く嬉しそうな顔をしている。

やっぱり似てる……。

荒木莉帆と桜木里穂は驚くほどよく似ている。

僕は荒木莉帆に聞かなければならないことがあった。

それも早急に問い詰めて、全部明らかにしなければならないほど重要なことだ。

でも目の前にいる、この幸せそうな莉帆の顔を見ると聞くのを渋ってしまう。

もし、僕の聞いたことが全て本当だったら……。

そう考えただけで、胸が辛くなる。

僕は頭を左右に振ると、嫌なイメージを振りほどいた。きっと大丈夫だ、彼女は大丈夫だ。

自分に言い聞かせながら、僕は莉帆の手を引いてアパートを出た。

駅前まで歩くとタクシーを拾って家まで送る。

帰りのタクシーの中で、莉帆は少し気まずそうな顔をしていた。その表情がどうにも、僕の悪いイメージを大きくしてしまう。


「赤塚さん結構怒ってたよぉ〜」


僕はこの気まずさをどうにか払拭しようと、冗談ぽく笑っていった。


「会社に戻ったら、またどやされるね」


莉帆も少し気まずそうに笑ってみせる。

なんだか初デートでもしてるのかってぐらいのぎこちなさで、タクシーは目的地へ向かう。

でもこれで良いんだ。莉帆は返事を返してくれたし、何より無言でいるよりずっといい。

多分、今の僕の思考は絶賛ポジティブ中だ。


「まあ、電話でも謝ったし!大丈夫だよ!」


「もう、仕事が早いなぁ」


莉帆も冗談ぽく言ってきて、少しホッとする。

そしてホッとした僕の顔を見て、莉帆は何やら踏ん切りがついたように、僕にいきなり話しかけてきた。


「輝くん……あのさ、私に言いたいこととか……」


そう言いかけたときだ。その台詞を聞いて固まってしまいそうだった僕に向かって、運転手のおじさんが「着きましたよ」と言ってきた。

僕は驚いて、急いでお金を渡すと莉帆を引っ張って下ろした。


「ありがとうございました」


焦っていたせいか日頃こんなことしないのに、僕はタクシー運転手にお礼を言っていた。

別におかしい訳ではないけど、莉帆には不思議な光景だったのか、彼女は急に笑い出した。


「ふふっ!輝くんおかしい!なんでお礼?」


「なんとなくだよ、ほら行くよ!」


笑を堪えている莉帆の手を、またもや僕が引っ張って連れて行く。

階段を上がって部屋に入ると、僕は莉帆をその場に座らせた。

初めはこのまま濁したままで良いかなと思った。

でも、だめだ!きっとこのまま真実を知らないままだと、変な気を使ってしまう。

僕は一度深く深呼吸すると、いきなり座らされて身構えている莉帆の目を見て口を開いた。


「隠していることを話して欲しい」


莉帆の表情が変わったのが分かった。

そして莉帆の目が僕の表情から何かを読み取ろうとして、キョロキョロと動く。

その表情で僕に隠していることが沢山あるのが分かって悲しくなった。

無言でいる彼女に僕は追い打ちをかける。


「何から話せばいいのか分からないって顔してる。ならさ、僕が質問するから、それに答えてくれない?」


そう言うと彼女は何も言わずに、コクンと1度だけ頷いた。


「まず一つ、莉帆はあの事故からどうやってアパートまで来たの?場所教えてなかったよね?」


「わからない。なんとなく輝くんがいる場所が分かった。」


そういった莉帆の表情はとしていた。

そう、莉帆は嘘をついている。

そしてその行動だけで僕は、莉帆の正体が分かってしまった。でもこれは僕から言うことじゃない、彼女の口から真実を聞きたかったんだ。

そして僕はさらに彼女を問い詰める。


「莉帆、嘘をついてるよね。僕は騙せないよ」


真剣な眼差しで莉帆を見ると、彼女もそれを察したように僕の目を見つめた。


「輝くんにはお見通しか……」


そう言うと莉帆は悲しげな顔をして、僕に向き直った。そんな莉帆を見て、問い詰めるのを躊躇ちゅうちょしてしまいそうになる。

莉帆はそんな僕のことをお構い無しに真実を話そうと口を開いた。

それを見て僕は思わず右手で彼女の口を押さえてしまった。莉帆の驚いた表情が僕の視界に入ってくる。

僕も驚いた。自分がこんなことをするなんておかしい、なぜか体が勝手に動いていた。


「輝くん……大丈夫?」


「ごめん……でも、多分それを聞いたら……僕は君といれない気がするから。」


「なんだ、もうわかってるんだね。」


彼女は悲しい顔のまま下を向いて、「いれなくなるかぁ」と小さく呟ていた。

そんな莉帆を見て僕は葛藤していた。

莉帆の真実を莉帆の口から聞いて、それでも一緒に入れるのか。莉帆を幸せにできるんだろうか。

そんな葛藤の中、僕の頭の中で桜木里穂の声が駆け巡った。頭の中の声は段々と大きくなっていく、しまいには僕の頭がしびれるほど大きくなって、ただ一言こう言っていた。


「逃げないで」


その言葉を声を聞いて、僕は立ち上がった。

座り込んでいる莉帆の手を握って立たせると、ギュッと抱きしめる。


「逃げないから……俺逃げないからさ。ちゃんと話聞く、どんな真実でも受け止めて莉帆と最後まで一緒にいるから。話して欲しい」


そういった僕の肩は莉帆の涙で濡れていた。

僕も莉帆の肩を濡らしていた。

抱き合ってお互い顔が見えない分、全部さらけ出して流れるまま涙を流せた。


「私ね…んぐ、う、輝くんや他の人達とはね…う、違うんだぁ……。」


「うん……」


「私ね……本当は幽霊……なんだぁ…」


莉帆の声と吐息が直接耳に当たってこだまする。

その悲しい声には、今の今まで僕に嘘をついていたことと、それを言いたくても言い出せなかった莉帆の罪悪感がこもっていた。


「やっぱりか……そうじゃないかな?って薄々気づいてたよ。桜木里穂……君は里穂なんだよね?」


「うん。でも輝くんの知ってる桜木里穂とは別人なんだ……。」


「え?桜木里穂じゃないって一体……。」


僕が予想もしていなかった返答で驚いてしまう。


「私はね、言わば抜け殻なんだ。桜木里穂って人から思い出を抜いた抜け殻……。」


莉帆は悲しそうに僕の手を握る。

そして今度は笑顔で続けてこう言った。


「でも、私はこれで良かったって思ってる!輝くんは空っぽの私を幸せで埋めてくれた。騙していたけど……私が輝くんを好きなのは本当だよ、もともとが桜木里穂ってのも関係ない!私は!荒木莉帆として荒木輝が好き!」


そう言うと彼女は僕の胸にペッタリとくっついて腕を腰に回した。


「僕もだよ、初めは不純な理由だった。君が凄く里穂に似てたから……だから引かれてた。でも今は違うって言い切れる!元が桜木里穂だったことを知った今でも、僕は君を荒木莉帆を愛してるよ」


そう言って僕も莉帆の腰に腕を回した。


「あと、これも言わなきゃダメだと思うから。ちゃんと伝える。聞いてくれる?」


「何でも受け止めるよ。僕は君のそばを離れたりしない。だって莉帆、君をもう失いたくないから。

事故のときそう思ったんだ……。」


そう言った僕を見て、莉帆は気まずそうな顔をした。


「私は、ずっと一緒にはいられない。」


「え……。」


「私がどうして輝くんの前にいれるのか、それはね桜木里穂の三つ目のお願いのおかげなの」


「確か三つ目のは保留になってたはずじゃ……。」


莉帆は首を横に振ると話し始めた。


◎◎


輝くんの言う通り、二つお願いを叶えた天使は一度帰った。


でも、一度帰った天使は保留にしておいたお願い事を叶えに、また桜木里穂の元を訪れたの。


桜木里穂がしたお願いの最後の一つは……。

「荒木輝と手紙を一緒に探したい。」だった。


これは異例中の異例なお願いで、天使も困った顔をした。でも引き下がらない里穂を見て、天使は渋々お願い事を受け入れたの。

もちろん条件付きで。

その条件は2つあって、1つは必要最低限以外の記憶の抹消。2つ目は荒木莉帆という存在の抹消。

荒木輝の前に姿を見せることができる桜木里穂は、自分の正体と手紙を探させる。これだけの記憶を残されて現世に現れた。そして最後には誰の記憶にも残らず消えてしまう。


「だから、私は輝くんとずっと一緒にはいられない。」


終始悲しい顔の彼女を見て、僕はいつもより強く莉帆を抱きしめた。

彼女が幽霊だなんて信じられない、こんなに心も体も温かいのに……。

僕は必死で願った。夢でありますように……。

ただひたすらに願った。


でも、この必死のお願いが叶うことはなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る