第14話 生の温もり


僕は愛する人を失った。

そして何気ない日々の大切さ気付いた。

そして「気づく」って言うことの本当の意味を知った。

それは何かを失った者にしか訪れないということ。


僕はおそらく「失ってから気づいても遅い!」と世間一般からどやされるのだろう。

でも、それは少し違う気がする。

その気づきがあったからからこそ、僕は明日からを大切に生きられる。


僕は里穂に抱きしめられながら、そんな当たり前のことをひしひしと感じていた。

僕はゆっくりと話し始める。そして、またもや僕はとても普通では考えられない状況に、立っているなと思った。それは別に死んだ彼女と頭の中で会話していることではない。

いや、それも十分不思議なんだけど……。

僕が言いたいのは恋愛的な部分で、元カノに今付き合ってる人との関係や悲しみを打ち明けるのは、どうにもおかしな感じがする。

何度も言っているが、普通の子なら嫌だろう。

荒木莉帆は例外だったけど、桜木里穂は大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。

奇跡的に再会できたのに、ここで嫌われるのは悲しすぎる。というか、嫌だ。

僕は話す前にワンクッション置くことにして、里穂から体を離した。


「ごめん、実は里穂に黙ってたことがある……。」


僕は言いにく気に頭をさげると、里穂がキョトンとした表情で僕の顔を覗き込む。

お互い無言になる、このままだと話しづらくなると思い、僕は腹をくくった。


「実は、彼女がいる。それも里穂と同じ!いや今はそれ以上に大切にしたいって思う人がいる!!本当は、最初の手紙で会ったときに言うべきだったんだけど、言い出せなかった。黙っててごめん……。」


バツが悪い顔で謝った僕を見て、彼女はククッと堪えながら小さく笑った。今度は僕がキョトンとなってしまう。何で笑ったのか見当もつかなかったからだ。

もっと文句や罵倒が飛んできて、幻滅した顔で姿を消される……いや、さすがにそこまでは想像が飛躍はしてなかったけど、笑われなんて思わなかった。

そんな僕を見ながら、里穂が半笑いで口を開いた。


「隠してたことってそんなこと? あ!もしかして、私が死ぬ前に送った手紙を気にしてるとか?あの時は彼女ができてたら嫌だなって思ったけど、今は輝君が幸せなら良いかなって本心で思ってるよ!だからそんなに改まってくれなくて大丈夫!」

そう言うと今度は隠さず、クスクスと笑いだす。


彼女のこの返しと嘘偽りない笑顔がなければ、僕はこれからする話で言葉に詰まっていただろう。

やはり里穂は凄い、いつも自分より誰かの気持ちを一番に考えている。本当に凄い、僕には到底できない。


「ありがとう」


僕は心の底からそう言った。

そして、僕は里穂に荒木莉帆と僕の全てを打ち明けた。里穂からすると、ところどころ聞きたくない部分があったはずなのに、何故かニコニコしている。

その表情を見て、始めは嫌だとかモヤモヤする気持ちを隠すために、わざと大袈裟に笑っているのかと思ったけどそうじゃないみたいだ。

里穂はこの話をまるでの様に、嬉しそうに聞いている。

そこが何だか腑に落ちなかった。

嫉妬や嫌悪の感情が「少しは出てもいいだろ……」と思わず言いそうになって口を押さえる。

桜木里穂は僕のことを本当に好きだったのだろうか、そんな素朴な疑問まで生まれてしまう。

それほどまでに彼女は嬉しそうだった。


出会い、仕事での成功、2人で過ごした時間、の全てを話してから、僕は声のトーンを落とした。

これからする話は明るく楽しい声色ではとても話せない。唾を飲み込むと、僕は少し間を置いてから話を続けた。


始めは楽しそうに聞いていた。

氷の博物館、コーヒーカップ、フリーフォールと話していくうちに、段々とあの悪夢のコースターへと向かっていく。

僕は呼吸がし難くなり息を荒げる。

生まれて初めて経験だった……これがトラウマというものなのか。

でも、伝えなければならない使命感に僕は突き動かされて、声を振り絞る。


「コースター……」


「コースター?」


「僕ら最後にコースターに乗ったんだ。それで……」


「それで……?」


僕の声をトラウマが咽喉もとでせき止めて、思う様に話せない。

そんな僕を見て里穂の表情もだんだん深刻になっていった。


「僕はカメラを回してたんだ。レンズ越しから彼女が段々と上がっていっててさ、すごく楽しそうだったよ……途中までは。コースターが頂上付近から下降し始めた時に、妙な音がしたんだ。レールから何かが無理やり外された様な音が、それで気づいたときにはもう……。」

嗚咽が漏れる。吐き気と同時にあのときのフラッシュバックが脳裏に写って、幻覚でも見ているかの様な気分に襲われて頭がふらつく。

里穂は驚いた表情で、僕の顔をつかんで自分の顔の前へ持ってきた。


「荒木さんはどうなったのっ!?死んではないんでしょ……。」


僕は首を横に振った。

それを見て里穂は中腰になっていた体を畳みへ下ろして、「そんなはずない」とブツブツ繰り返した。


「僕もと思いたかったよ」


「いや、違うの……いや、ごめんなさい。」


里穂が急に焦った顔になって、言いかけていた言葉を途中で切った。


「里穂もあの場にいたら僕と同じ答えになったはずだよ、レスキュー隊に止められて彼女の最後を確認できなかったけど……。あのコースターにいた乗客はみんな潰れてた。」


それを聞いて里穂の表情がまた変化した。


「荒木さんの姿を見てないの?」


「探そうとしたよ!でも……とめられてできなかったんだ。」


言い訳がましくそう言うと、僕は下を向いた。

桜木里穂は呆れただろうか。自分の大切な人を助けられず、最後も看取ってやれなかったこの僕を……。

恐る恐る里穂の顔をみると、ホッとしたような表情を浮かべている。

そして口を開いた。


「なら、まだ可能性はあるじゃない!彼女の最後を見てないなら、まだ死んだかどうか分からないでしょ?」


里穂は僕のことを励ましてくれているのだろうか。

こんな情けない僕のことを……いやそんな雰囲気じゃなかった。里穂にはそれを言えるだけの自信と根拠があるように感じる。

やっぱり、里穂は不思議だ……?

いや違う!!!!

何で現場も見ていない里穂が、荒木莉帆はまだ生きていると、そんなホッとした表情になれるんだ!

まるで生きていることを知っているみたいな言い方で……。里穂は何か知ってる……いや隠してる。


「なんで、そんな前向きなことが言えるんだ?実は前からおかしいと思うことがあった。里穂はまだ僕に何か隠してるよね?」


里穂の表情がピクッと動くのが分かった。

小さな嘘でも大きな嘘でも、彼女は嘘をつくと表情がピクッとする。

すぐに返答ができないのが何よりの証拠だ。

里穂は10分ほど押し黙ってから、重い口を開いた。


「やっぱり輝君は凄いな……。実は、もう一つだけ黙っていたことがある。でもね、これは話せない。ほら、よく言うじゃない!お願い事は人に話すと効果がなくなるって!だから……ごめんね。」


里穂は苦笑いしながらそう言うと、自分の体を確認した。里穂の体は少しづつ薄くなっていた。

それに気づいた里穂は付け足しで、慌ててこう言う。


「もう、時間みたい……最後の手紙は2人の思い出の場所じゃないんだ。私が眠ってるところ!そこで私たちの再会は終わり……なんだか寂しいね!でも必ず探して欲しい!私が死者として現実に存在できるのは、あと7日間だけなの!それが天使との約束。だからもう時間がない、お願い……。」


「なんで!なんで7日なんだよ!!」


そう言った僕の声をかき消す様に、彼女は光の粒となって消えていった。

僕の問いかけはアパートの暗がりに響いて寂しく消る。

まだボンヤリとした意識の中で、僕は誰かに頭を撫でられていた。心なしか頭部も柔らかいものに当たっている。なんだろうか、とても心地よくて眠くなる。

段々と暗闇に目が慣れて視界が定まると、僕の目の前には荒木莉帆の姿があった。

僕はその顔を表情を見た途端、声もなく泣いた。

僕の頭部に当てられた莉帆の手からは優しい温もりを感じる。彼女は生きている。それも無傷で。

「なんで生きてる」とか「あれから大丈夫だったのか」とか、聞きたいことは山程あったけど、僕はどれも聞かずに莉帆を抱きしめて離さなかった。


「輝君ごめん……。心配かけました。」


そう言うと莉帆も泣きながら僕を抱きしめ返してくる。僕ら2人はそのまま抱き合って、そこで一夜を明かした。

そして、なんとも不思議な1日が終わり、新しい1日が始まりを告げた。

明るい太陽の日差しがアパートのカーテン越しに僕らを刺している。これから莉帆に聞きたいことが沢山あるけど、それは家に帰ってからにしよう。

僕は開きたくないけど、恐る恐る携帯の電源を入れる。案の定、赤塚さんからの通知が20件を超えていた。

僕は深いため息をついて赤塚さんに謝罪の電話を入れた。赤塚さんは激怒していたけど、きっとこれから僕に待ち受ける出来事はこんなもんじゃない。

僕はそっと微笑むと、7月の焼ける様な明るい空から射す日差しに手をかざした。


暖かい、僕も生きてる。


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