第10話 2度目の約束

僕は何度も目をこすった。別にゴミが入ったわけでも痒いわけでもない。ただ目の前に見えているものが、本当に現実なのか確かめるためだった。

だが、いくらこすろうとも消えない……。

彼女はしっかりと地に足をつけて、そこに存在していた。


「輝くん?なにやってるの!早くー!」


相変わらず忙しなく桜木里穂の声が響く、僕は慌てて側へ駆け寄った。


「桜木さん?ほんと…ほんとに桜木里穂なのか!?」


僕は今起こっているこの状況を理解できずに、当たり前のような質問を投げかけてしまう。


「そうだよ……!もう演技は終わりにするね。」


そう言うと里穂は近くのベンチに腰を下ろして、空いている隣の席をトントンと叩いた。

その合図につられて里穂の隣に座る。


「里穂……なんで生きてるの?もしかして……。」


「そのもしかしてだよ。私はもう死んでる!だけどね、天使にお願いしたんだ!って言ってもよく分からないよね……ちゃんと説明するね。」


すると里穂はスラスラと話し始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


私が最初の治療を受けて医師に確実に死ぬ日の大まかな期間を伝えられた夜にね、男の子の天使が舞い降りたの!

多分、輝くんの想像してる天使とはだいぶ違うと思う。

その子は私にこう言った。


「君の願いを3つだけ叶えてあげる。」


私は恐ろしくなった。その子が4階にある私の病室の窓まで飛んできたのを、この目で見ていたから。男の子が人じゃないのは直ぐに分かった。

それでいきなり願いを叶えるだよ?怖くなってナースコールを押したんだけど何も起こらなくて……まるでこの病室だけべつの世界にあるような。

何も答えないでいるとね、少年がまた繰り返すの。


「さあ、好きな願いを3つ教えて」


「あなたは誰?」


恐る恐る聞くと男の子はニコッと笑って私にこう言った。


「僕は天使。君は迷える魂になんてなりたくはないでしょ?なら僕に3つ願いを言うんだ。そうすれば君は救われて未練もなくこの世と決別できる。」


「本当に叶えてくれるの?どんな願いでも?」


「願いによるかな……もう決まってしまっていることを変えることは出来ない。今から新たに出来ること、未来のことなら叶えられるよ!」


私は直ぐに理解した。天使は私に生き返りたいって願いは聞き入れられないぞって言っているってね。

だから私はこうお願いしたんだよ……。


「荒木輝の中にずっと存在しつづけたい」


でも少年はこう言ったの。


「ずっとってのはダメだね……生きている人を縛ることは出来ない。向こう側の彼が君を思い出したいって思ったとき、それでも厳しいな……。うーん、彼が君のことを思ったときともう1つきっかけが必要だね。何かある?」


「なら、彼が私のことを思って《飛行機雲》を見たときにして!」


「わかった。それなら大丈夫だよ!でも今ので2つ叶えたいことを使ったことになるけど大丈夫?」


「うん、それでお願いします。」


少年は黒いメモ帳になにやら書き込んでからまた、私に問いかけてくる。


「あとひとつは?」


「あと1つね……《保留》じゃだめかな?」


「なるほど、わかったよ」


それじゃあ、残りの人生を後悔なきものにしてね。それだけ言って、天使は私の眼の前から姿をけした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彼女は話しを終えると、スーっと深呼吸をして僕を見つめる。すると彼女の目からは涙がこぼれた。


「やっと会えた……ごめんね。ほんとは嘘なんてつきたくなかった…。輝くんに看取ってもらいたかったよ……。」


そんな彼女を見て僕も押さえ込んでいた気持ちや言葉が次々と溢れて、止まらなくなってしまう。


「ほんと、気遣いすぎなんだよ……ばかだよ。僕が辛くなるだなんだって勝手に理由作って……別れを切り出されるこっちのっ!うっ……。もう一度…会えてよかった。会いたかった……。」


彼女をぎゅっと抱きしめる。

言いたいことよりもずっと早く体が先に動いてしまう。

それぐらい里穂の存在は僕の中で大きくなっている、もう消しゴムで消しても消えないほどに僕というノートに深く染み付いていたんだ。


「デートしよう」


まだ少し涙目の里穂がニコッと笑ってる手を引く、それにつられて僕も映画館へ歩き出した。


その日僕は2度目の初デートを経験した。おそらくこの世界でたった1人だろう。同じ人と初デートを2度経験するのとなんて普通はできないから、すごく不思議な感覚になる。


映画を見終わると館内にあるソファーのようなものに腰を下ろした。

僕らで貸切になっているフロアは不気味なほど静かで、2人の空間って感じに覆われている。

少しの静寂が続いて、おもむろに里穂が口を開く。


「手紙はね、あと2つあるの……それを全て見つけたら私の中の未練っていうのが消えて成仏するらしい。」


「そっか……あと2回。」


「うん、私は成仏するの怖くないよ!だからちゃんと探して欲しい……できれば後回しにしないで、すぐに見つけて欲しい」


「わかった。必ず見つける!」


「ありがとう」


「うん……。」


「「約束」」


僕らは2度目の「約束」を交わした。

約束ができて嬉しいのか……なぜか里穂は愛おしそうに僕の顔を見つめていた。そんな里穂の瞳を見ていると、だんだんと目の前がぼやけ始める。


気づくと「荒木莉帆」が目の前で血相を変えて僕の体を揺さぶっていた。


「大丈夫?ねえ!輝くん!輝くんってば!」


「うぅ……ん?里穂?」


「そうだよ!!」


「違う、莉帆か……。」


「え?どゆこと?」


思わず口が滑ってしまって、右手で口を押さえ慌てて答える。


「いや、何でもないよ!」


「それより手紙!!見つかったんだね!」


「あぁ……え。」


僕の左手にはなぜか少し橙色をした封筒が握り締められていた。

恐る恐る開くと、こう書いてある。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


輝くんへ


あなたに本当のことを伝えられて良かった。

心苦しさが少し取れた気がします!


次の手紙は私たちが少しの間暮らしていた、あのアパートです。


部屋に着いたらまず私のことを思い出して、それから空を見て欲しい。きっと手紙は見つかるから!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


莉帆はその手紙を見て驚いていた。

驚きって言ってもガッカリって方の驚きだ。こんなに一生懸命探したのにこの内容の薄さだったら誰だってガッカリしてしまうだろう。

でも僕だけは違う、手紙の内容なんてどうでもいいほどに僕は里穂と濃い時間を過ごしたからだ。

莉帆はなんでこんな内容で僕が納得しているのか、すごく不思議がっていたけど……これは僕だけの秘密にしておこうと思う。


「帰ろうか!」


そう言うと僕は莉帆の手を握って立ち上がらせる。


「うん!帰りは輝くんが運転ね!あ、あとアイス買ってね!」


「はいはーい」


軽い返事を返して僕ら2人は車に乗り込んだ。

だんだんと小さくなっていく映画館を見て、少し寂し気分になりながらバックミラー越しに見えた真っ直ぐな飛行機雲を見て、僕は幸せな気分に浸っていた。






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