第6話 心の声を聞いたとき

薄暗い部屋の中で泣いてる男と、それを慰める女。

何とも不思議な光景だった。

静かなその部屋を気まずさで溢れさせないでおこうとするように、雨の音が心地よく、それでいて悲しげに響いていた。


悲しいくない、辛くないって思えているのに……。

涙ってのは厄介なものだ、一度流れると全部出るまで止まりゃしない。

「いい大人が恥ずかしいなぁ」何てことを思ってしまう。


「恥ずかしくないよ、全部出した方がスッキリするから」


またしても莉帆の言葉に驚いた。テレパシーでも使ってるのだろうか……僕の心の中を見透かしてくる。

でも気分は悪くない、むしろ嬉しい。


「ありがとう、もう大丈夫」


「そっか……なら良かった。」


せっかく楽しくDVDを見るはずだったのに……僕のせいでそんな雰囲気じゃなくなっていた。

莉帆は僕の側を少し離れてコーヒーを一口飲んだ。

マグから口を離すと机に置いてゆっくり話し始めた。


「私もね、輝君みたいに泣いたことがあるんだ……。輝君がなんで泣いたのかは分からないけど、私は失恋だった。

自分からお別れをしたんだけどね……やっぱり本心は好きだったから。辛くて泣いちゃった。」


「こないだ別れた人?」


「ごめん、それは嘘なの。本当はもうとっくに別れてた」


莉帆は下を向いていた。悪いことをしたと思ったのだろうか……でも僕にはそれだけじゃない気がした。


「そっか、似た者同士だったんだな!」


「え?」


莉帆は驚いたように眼を見開いている。

いつも自分の話なんてしないのに、このときはなぜか自分の話が次々に出てきて……終いには止まらなくなるほど真剣に話していた。


「僕も彼女がいたんだ。冬にふられてさ。春になって、彼女への思いも落ち着いてきたのに……。」


また涙が出そうになる。

押し殺した思いが入った手紙の封を切ったように、感情の波が押し寄せた。


「辛いなら無理しなくていいよ」


「大丈夫、1人じゃ抱えきれないなって思ってたからさ。聞いてほしい」


「うん」


莉帆の不安がった眼を見つめながら、僕は話を続けた。


「春に彼女から手紙が来たんだ。正直凄く嬉しかった。すぐに封を切って内容を読んだんだけど……いい内容じゃなかった。そこに書いてあったのは、別れた理由と最後のお願いだったんだ……。」


「最後って?もしかして……」


「うん……彼女は、もうこの世にいない」


莉帆の表情が曇る。


「別れた理由は病気だった。それも助からないタイプの病気だったから僕に気を使ったんだ。最後のお願いは2人の思い出の場所に隠してきた手紙を探してほしいってことだった」


「探しに行ったの?」


「まだだよ。7月の頭には行くつもり……。7月には仕事も辞める」


それを聞いて、莉帆が一瞬寂しそうな顔をしたのに僕は気づいた。

それを隠そうと莉帆はコーヒーに口をつける。


「そんなの寂しい。せっかくこんなに親しくなったのに、別れるの嫌です」


マグに口をつけたままボソボソと口を動かしている。

そしてマグを置くと僕の目を見る。

僕は莉帆の言葉や表情で胸がぎゅーっと熱くなるのを感じた。少し苦しくて、でも悪くない苦しみだ。

眼を合わせたまま、莉帆の顔がだんだん近づいてくる。

僕は顔を引くこともなく、むしろ引き寄せられるよに莉帆に近づいていった。そこそこの距離まで近づくと、お互いに目を閉じる。

額が触れ合う……莉帆の額は少しひんやりとしていて気持ちよかった。目を開けると同じタイミングで莉帆も目開ける。莉帆が少し微笑んでから口を開いた。


「私、輝くんのこと好きです。なんだか胸に引っかかっていた疑問が今解けました。」


「僕も好きだと思う。理由は聞かないで……ごめん。」


きっとこんな理由で好きになるのはおかしいって分かってた。でもどうしても彼女と比べてしまう……そして莉帆が彼女と凄く似ていることに惹かれてしまう。

名前がって部分もあるんだと思うけど。

本能的な部分でも惹かれてしまうのだ。


「両思いだったのかぁ……理由なんて何でもいいです、同じ気持ちっていう事実だけで十分嬉しいから。」


2人とも同じタイミングで微笑む。

何だか随分と忘れていたような……。このむず痒(かゆ)くこっぱずかしい気持ちには懐かしさを感じる。

合わせたままの額を離すと今度は唇を重ねる。

キスってこんなに気持ちよかったんだな……いつもより一層、莉帆が近く感じる。

どれくらいそうしていただろうか、少しの間だったのにとても長く感じた。

唇を離すと莉帆がニコッとする。

言葉にはしていないのに「好きだよ」って言ったのが分かって僕もつられて笑う。

この幸せを表現する言葉が見当たらなくて、僕は少し強めに莉帆の肩を抱き寄せた。

部屋に溢れていた悲しみが幸せへと変わっていく。

でも…相変わらず雨は、悲しげに夜の街を濡らしていた。

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