7 正義と悪
1
社長の遺体を見つけてから三日が経った今、私達治安維持課の一係から三係の使える人員の全てが会議室に集められていた。
私達の目の前には大きなホログラムスクリーンが二つ並び、その真ん中には和泉局長が立って話を始めた。
「君達も知っての通り、今東京の騒ぎは由々しき自体だ。一係が前々から解決してきた事件のほとんどに、この女性として仮定されているDDという人物が関わっている」
この辺りの説明は、他の係にも前から話していたので知っていることだろう。問題はこの次からだ。
「現在確認出来ているところで、およそ四〇件は下らないだろう。テミスシステムによる認識不可な人間による暴動が起きている。略奪、暴行、酷いケースは殺人まで。三日前の龍崎コーポレーションの社長殺人を皮切りに、自体は深刻化している。君達には連日この会議室にあつまり、事件の鎮圧を行ってもらっていることに申し訳なく思う」
局長の責任ではない。他の一般刑事達も捜査にあたっていることを、以前協力した鵜川から聞かされた。今回の事件で何がマズいのか。相手が認識できないためにハンターがほとんど機能を果たさない。
混乱に乗じて悪事を働く日本人は何人か餌食になっているが、通用しない認識不可な人物達とは殴り合うぐらいしか方法がないからだ。
私も既に数名確保したがハンターを撃ったのは一人もいない。
「今日も君達にはこの二三区内の見回りをしてもらう。各装備のメンテナンスは全てこちらの自動整備装置が行ってくれているが、注意はしてもらいたい」
解散、という局長の言葉で私達はそれぞれ仕事に入る。
「ここんとこ、血を見過ぎた気がして、俺の精神もやられそうだ」
そう語るアレンの後ろで、蘇芳さんも普段は見せないような疲労が溜まっているのが目に見て分かるような顔をしている。
「自動運転で担当区域、一四区から一八区内の見回りを行うわ。私が起きてるから、二人は休んで」
私も疲れていない訳ではないが、二人よりかはマシだと思う。
「お前も休んだ方がいい」
「そうね、リゼちゃんも疲れた顔してるよ」
「では、お二人が休んだ後に休憩をもらいます」
二人は少し迷っていたが、納得したようで、少し仮眠を取りはじめる。
私は自動運転の車から周囲の映像を目の前に広げ、それを眺めている。
私は胸の奥底で興奮していた。ここ最近だが、追ってきていた人物にようやく追いつけそうな気がする。
会ったら問いつめたいことは山程ある。
いや、その前に一発殴ってもいいだろう。それぐらいの気持ちが私の中にある。
私達のパトカーが住宅街に入った時だ。突然近くの民家から火が上がった。二人もその音で目を覚まし、私はパトカーの運転を手動にし、その場で停めた。
「そこを動くな」
私は燃える民家の前にいる人影に叫ぶ。片手に火炎瓶を持ったその男は日本人ではなかった。ハンターが役に立たない。
「リゼ。お前は下がってろ。あいつは、俺達が――」
「問題ないわ。私は大丈夫」
彼が言い切る直前に男に向かって駆け出す。後ろから私を止める声と追ってくる足音が聞こえる。
私は駆けながらスタンバトンをホルスターから引き抜く。男は私が動き出した瞬間に、中間に落ちるよう火炎瓶を投げていた。私はそれが地面で割れる前に足を滑り込ませ、衝撃を和らげ蹴り上げる。
狙った訳ではないが、男のすぐ後ろに落ちた。火から逃れようとした男は当然前に出てくる。
私は前に出てきた男の顔に飛び膝蹴りを繰り出す。
寸での所で、体を逸らして回避した男。私は宙に浮いた状態から体を捻る。
その勢いに任せてスタンバトンで男の首を狙う。
男は反応できずにそれを受ける。
倒れた男の体は痙攣を起こしていた。
「問題なかったでしょう」
着地した私は、追いついたアレンに声をかけると、彼は呆れたように大きく息をつく。
気絶させた男は病院に搬送され、意識が戻ると同時に牢に入れられるだろう。
パトカーに寄りかかり、煙草を吸う私の隣にアレンが来る。
「無茶しすぎだ。お前は自分が思っている以上に周りから見たら疲弊しているのが分かるぞ」
私は煙草を車内の灰皿に入れ、また空を見る。
「私は知りたいのよ」
「何を」
「奴が何を考え、何を思い、こんな事件を起こすのか」
「DDって奴のことか。それは俺だって同じだ。だが、休息も必要だろう」
私は次に地面を見る。綺麗な青空に対して、灰色のアスファルトはまた別の良さがある。
「犯罪者を追うあまり、自らもそれになる」
アレンが突然言い出したので、私が彼を見ると、係長から聞いたのだと言った。係長は昔の同期から聞いたとのことだが。「私がそうなると」
「ならないようにできるか」
「ならないわ。私は悪を潰えさせるためにいる組織の一員だからね」
「組織に属してるなんて事は関係ない。これは個人の問題だ。前に言っただろう、お前は俺の知らない所に行きそうだと」
そんなことを言っていたな。つい数日前だと思った。
「あなたは来てはダメと私は言った」
「お前をそこに行かせはしない」
「面白いわね、それ」
私は車に乗り込む。彼と状況説明を終えた蘇芳さんも乗せて、引き続き巡回にあたる。
私は運転を任せて、重い瞼を閉じる。
街の至る所を映し出す監視カメラからの映像を引っ張ってくるモニターを眺める私は楽しくて仕方がなかった。
「平和な生活を少し脅かしただけで人という生き物は崩れていく。実に簡単で楽しめる」
後ろから声がかかる。
「DD、次はどうするの」
私の右腕である彼女の後ろには数人の男女がいる。
椅子から立ち上がった私は、彼らを一瞥して言った。
「集まってくれてありがとうね。じゃあ、早速行きましょうか」
どこへと問う彼女に私はある場所の名前を出す。
「テミスシステムの本拠地、警視庁へ」
私の信頼する彼女、クラリスのハッキング技術はエリスにも劣らない。
正直に言ってしまうと、二人もいらなかったのだと今になって思う。
エリスは切り捨てて正解だった。
そんな事を警視庁に向かう最中、偽の認証プログラムを組み込んである車両の中で思う。
「テミスシステムを見つけたとして、私達はどうすればいいの。あなたが見ていなくても、破壊していいのかしら」
「先に破壊してもらっても構わないわ。どの道そうするのだし」
了解、とクラリスがノートPCに入れているクラッキングシステムの再確認を行う。
私としては、テミス自体も見てみたい気もするが、会いたいのだ。警視庁の捜査間、秋月リゼに。
2
それは私達が眠っている間に来たものだった。端末から緊急警報が鳴り響く。全捜査官に通達されたそれは警視庁に何者かの襲撃があったことを示すものだった。
「現場に近いのは私達と係長、二係の一組か」
私の言葉に焦りながらもアレンは警視庁への道を進む。
「警視庁への襲撃って、奴らの狙いは何だ」
「テミスシステムそのものじゃないの」
蘇芳さんがいつになく冷静に答える。
「これは私達を分散させるために行った大規模なテロ。あの事件と一緒だわ」
彼女の言うあの事件とは、MOG崩壊の事件だ。
あの事件の模倣犯だというのか。
署に着いたのは一係の人員だった。
「二係もすぐに到着するだろう。その間に私達で出来る限り犯人を追う」
私達は車両からハンター、スタンバトン、スタングレネードを三つ装備して態勢を整える。
「ハンターは役に立つのか」
アレンの疑問混じりの声に柳さんが答える。
「鑑識課の川内課長からの連絡です。技術開発局が認識の有無に関わらず発砲できるよう規制解除のプログラムを送ってくるそうです。その代わり、発射されるのは全て炸裂弾。敵は全て排除する形になります」
柳さんが言い終わってすぐに端末に例のプログラムが送られてきた。自動的にハンターに組み込まれたそれは、いつでも相手を殺せる銃となってしまった。
「奴がいたとしてどうしますか」
私の言葉に係長は、捕獲を命じた。殺すなということだ。
私達は犯人が潜伏するであろう、警視庁に入った。
警視庁は繋がる二本の塔となり、全部で五〇階の高さを誇る。西と東に分けられているが、その最上階は繋がっており、テミスシステムの中枢がある。
襲撃があったという警報から一〇分。私達は東、係長達は西から上を目指す事になった。内部は破壊された扉だらけだ。西も同じ状況だと通信が入る。エレベーターも緊急防犯装置の作動で使う事はできない。それは作動する引き金となった犯人達も同じこと。そのため、最上階へと続く階段の扉などが主に破壊されている。
「犯人は最上階を目指していると見て間違いはなさそうね」
蘇芳さんの言葉に私は頷く。
「奴は一体、何を望んでいるのか」
アレンの言葉に私が返す。
「システムのない、認証のない世界。また、何もない世界を望むのよ」
私の言葉にかれは走りながら苦い表情を浮かべる。
「来るわ」
蘇芳さんが階段の上からこちらに銃を向けてくる敵を見て言った。
私は相手が引き金に指をかける前にハンターを構える。
『識別なし、照準補正なし。周囲に警戒して発砲を行ってください』
銃と連動した端末からなったその音声でプログラムが正常に作動していることは分かった。
私は敵の隠れている場所を撃つ。
身を隠すのに使っていた手すりごと、敵の体が爆散した。
こちらまでは飛んでこないが、内蔵や血液が壁に飛び散る。
「まったく、撃つなら一言頼むぞ」
「次からは気を付けるわ」
私達は引き続いて上を目指す。
三〇階の半ばに差し掛かった所で、エレベーターが使えるようになったという通信が入ったので、私達は階段をそれを使うべく、踊り場にある扉から廊下へと出た。
そこには待ち構えていたように敵がいる。片手に構えていた銃を発砲してきた。私達は直ぐ側のオフィスに隠れる。敵の銃弾が止んだところで、アレンが飛び出した状態のまま、銃口を向ける。
バリケードにしている机に炸裂弾が当たったが、もろとも吹き飛ばされるだろう。
しかし、敵はそれを避けた。着弾して机が吹き飛ぶ前に。今までと少し違う。スピードが桁違いだ。床に倒れ込んだばかりのアレンに襲いかかる敵に蘇芳さんが飛び蹴りを繰り出す。
敵はそのままガラス張りの壁を突き破り、ビルから落ちていった。
アレンが礼を述べながら、彼女の手を取っているところだ。
銃声が響くが、二人には当たらなかった。蘇芳さんが、近くにあった椅子を蹴り上げ、敵に当てる。私は、オフィスの扉からスタングレネードを投げる。閃光と同時に敵の銃声が少し止んだ。
今度は私が勢いを付けて飛び出し、敵との距離を詰める。前転で相手の前に転がった私は、足をかけて転倒させ、そのまま背中を軸に足を回転させて起き上がる。同時に倒れた敵に一発撃ち込む。
体が風船のように膨らんだ後、爆散した。血が少し足元にかかる。
休む間もなく、新しい敵が来る。
私の後ろから蘇芳さんが撃つ。しかし、相手は傍らに落ちていた机を蹴り上げ、それを盾とした。
机は粉々に爆散したが、敵は動じる事なく私を飛び越え、長めのナイフを二本抜き放った。そのまま背後の二人に襲いかかる。
蘇芳さんが迫る刃物を避け、その空振りした腕に拳を叩き込もうとするアレン。敵はそれを阻止するべく、もう片方の腕から攻撃を繰り出す。まるで局に合わせて舞っているかのようだ。
二人とも日頃から同じように対人格闘に関しては鍛えているので、そう簡単には負けはしないだろうが、敵は相当な手練れらしく苦戦を強いられている。
加勢しようとした私だったが、アレンが止めた。
「お前は先に行け。ここは心配するな」
その言葉に私は逡巡したが、最上階を目指すためのエレベーターまで走った。
3
警視庁四七階、展望台として活用されているこの場所は、広い空間になっている強化ガラス越しに街の風景を一望できる作りになっている、円形の空間は、中心に大きな柱、その周りを囲むかのように少し細めの柱数本で支えている。
外はすっかり暗くなっているが、街の建物の明かりで綺麗に彩られている。
この展望台は夜景を綺麗に見せるのを重視してか、明かりが点いていない状態だ。
床は映像を映し出せるモニターとなっており、海や空の映像を映せる。強化ガラスもそれが可能だ。日々、犯罪者達と命がけで闘う捜査官の心を癒すためでもある。
だが、私はそんなものに癒しを求める状態ではない。頭の中は奴を追う事で一杯だ。
エレベーターがそこで強制的に止められた。柱の一つがそのエレベーターの扉になっている。その展望台とされる四七階に着いた私は息を整える。アレン達と別れた後も、エレベーターまで何人かの敵を相手にした。何とか全員倒せたが、私の体は疲労を隠せないでいた。
エレベーターを下りた時から気になっていたのが、地面を覆うスモークのようなものだ。
だが、最上階まではもう少し。そんなことを気にしている暇はない。私が真ん中の大きな柱の横から螺旋状になっている階段に向かって、歩き出そうとした時だ。
「待っていたよ、秋月リゼ」
柱の影から声がかかる。女性の声だ。
頭に浮かぶその名前を呼ぶ。
「お前が、DDか」
姿を現したその人物は、金色に輝く長い髪と合う深い青色の瞳をした女性だった。日本人でないことは明らかであった。
「会えて嬉しいよ」
「ええ、私もよ」
彼女は嬉しそうに、私も嬉しそうに、互いにどこか奥深く狂気的な何かを感じさせる笑みで言う。
「最上階に用があるんじゃないの」
「テミスシステムの実体も気になるけど、仲間に任せているわ。あなたと対面する方が楽しみだった」
私は銃口をゆっくりと向ける。しかし、機械音声が残弾が零であることを告げる。
床にそれを投げ捨てた私を見て、奴はゆっくりと歩く。
「さて、何から話そうか。私について知りたい事はあるかしら」
「ふざけるな、と言いたい所だけど、名前だけは教えてもらいましょうか。DDって、本名じゃないんでしょう」
彼女は体を深く曲げながら悩むようにしていた。元に戻して私と目を合わせる。「“リリス・カーライル”。これで満足かしら」
リリス、その名を頭の中で反芻する。
それ以上の事を聞く気は無かったが、奴がDDとなる経緯を話し始めた。
4
二四年前。あの時、六歳の私は両親と旅行に来ていた。日本は危険な状態だと言われていたが、気にはせずに。
だが、あの時日本にさえ来なければ、こんなことにもならなかったのだろう。
私と両親が日本に来て三日目、車を借りて街の中を観光している時だった。突然目の前で爆発が起き、私達の車は他の車に巻き込まれて衝突事故を起こした。
気を失っていた私は何とか車のドアを開けて外に出た。
どのくらい気を失っていたかは分からないが、目の前では右、左に別れて銃を撃ち合っている大人達の姿があった。ここは世界で一番の平和を約束された国、日本ではなかったのかと問いたい気持ちだった。
両親の姿が車にもないことを気付いた私は、堪らずその場で泣き出してしまった。そこに突然誰かが駆け寄ってきた。
「大丈夫」
私の目の前で叫んだのは女の人だった。私を担いだまま銃を撃ち、仲間と思しき人達の元にまで走る。銃声が止むと、駆けつけた救急車に私を乗せるよう隊員に言った。
彼女の名前は聞けなかったが、落ち着いた時にお礼を改めてしたいと思った。
その背中を見送った私は、救急車に揺られて近くの病院へ搬送される。
しかし、しばらく走った所で曲がり角から来たトラックにぶつかられてしまった。短時間で二度も事故に遭う人生なんて、そうそうないだろう。そして、生きているというのも。
私は横転した救急車から這い出た。今度は誰も助けてくれそうにない。救急隊員達は死んでいるのかも分からなかった。直ぐ側に落ちていた簡易医療キットを見つけ、背中に負う。
使い方など分からないが、持っておいて損はないだろう。
それからしばらくの間、日本は大混乱を起こした。それが日本だけでなく、世界中だと知るのには時間がかかった。
混乱に乗じて、店から食べ物や服、お金を盗み、私は普通の少女とは自分でも言えないようになっていた。
私はとにかく歩いた。国に帰りたいが、何よりも両親を見つけるために。
ある日のことだ。人気の全くない場所に迷い込んだ。
そこは先程までの人が行き来している場所とは大違いだ。店なんかは扉が破壊され、道路には車も走っていない。
路地裏に人の気配を見つけたので、それを追って走る。
行き止まりに差し掛かった所で、私は数人の子どもから銃を向けられた。
だが、私が子どもだと分かると、その子達を分けて入ってくる一人の大人がいた。若い女の人だった。
彼女はここの子ども達の面倒を見て一緒に暮らしていると言う。
檜山(ひやま)イノリ。彼女の名前だった。私が外国人と分かっても、別段驚かなかった。ここには国籍関係なく、何人も外国の子どもがいたからだ。
彼女は自分達の住処としている廃ビルに私を招いてくれた。
ほとんどが子どもであった。大人と呼べるのはイノリだけ。彼女に近い年齢でもまだ中学生ぐらいの人達ばかりであった。
「リリスは、両親はいないの」
ビルの屋上から見える夕日を眺めながら、彼女の質問に首を横に振る。日本語は小さい頃から勉強させられていたので、大体分かる。
「ここまで来るのは辛かったでしょう」
優しい彼女に抱きしめられた私は泣き出してしまった。あの事故の日以来だ。今まで溜まっていた辛い思い出が一気に蘇ってくる。
それからは、この“隔離区画”と呼ばれる外の世界から離れた場所で私は生活した。
この隔離区画内の中でも食料はあるし、自給自足のための菜園なんかも、作れる程に店も揃っていた。
私達はイノリを中心に生きていた。彼女は皆のことを常に考え、私達もそんな彼女についていくことが当たり前になっていた。
日本に来て、最悪の人生になったと思っていた。しかし、今では、それも忘れてしまうのではないかと思うぐらいに楽しい生活だった。
だが、私の幸せはそう続かなかった。ここでの生活も、既に三年が経ち、私は九つになっていた。もう国に帰ろうという思いは完全になくなっており、両親を探すという目的も薄れていた。学校には当然行っていないが、それなりに字は読めたので、私は本を読むようにしていた。難しい内容のものは、イノリが教えてくれた。彼女に憧れて本を読んでいる面もあったので、嬉しかった。
その日も彼女の側で本を読んでいる時だった。
見張り役の子が私達の部屋に駆け込んできた。理由を聞くと、ビルに数人の男が押し掛けてきたという。
イノリは彼らとの話し合いに応じた。
内容は協力関係を結ばないかというもの。彼女は拒否した。男達は外見からして危険な雰囲気を纏っている。
彼女の態度にリーダーと思しき男が部下に、私達を全員連れて行くように指示を出した。私達は抵抗しようとしたが、相手の方が銃を出すのが早かった。
連れてこられたのは、廃墟のビジネスホテル。男達のグループの拠点だった。
私や他の子ども達は一室に入れられ、鍵を閉められた。部屋は特に何の変哲もない。
部屋を見回していた所で扉が開く。入ってきたのは細身で長身の男だった。ベッドに座った男は私にバスルームで体を流すように言った。理由を聞くとベッドの側にある机を蹴って急かされた。
私は泣きそうになりながらシャワーを浴びる。かけてあったバスタオルを体に巻いて出てきた。
男の元に戻ると、それを取るように要求してきた。拒否すると、男は溜め息をついて腰から何かを取り出してこちらへ向けた。銃だ。
やらないのなら殺すと脅された私は、裸体を晒す。辱めに涙が止まらなかった。そんな私の涙も男を興奮させる材料に過ぎないのだろう。銃をベッドの側にある机に置き、私の手を取ってベッドに押し倒す。
男は、まさしく鬼のようだった。
私は恥辱を受けるぐらいなら殺してほしいと願う。
虚ろになった私の視界の端に男が置いた銃が見える。
男は私の体に夢中で、体に手を持ってきていた。
脳内で声が響く。なぜ私が死ななくてはならないの。死ぬべきは悪。私は悪ではない。伸ばせば届くだろうか。私はゆっくりと慎重に手を動かす。
男は獣のように私の体に夢中なっている。汚らわしい。死ぬのは私じゃない。殺されるのは私じゃない。
殺すのは私、殺されるのはこの男。死ぬのはこの男。
私は銃に手が届いた瞬間、息を吸い込む。しっかりと握り、銃口を男のこめかみに当てた。
男の動きが一瞬止まる。
動く間も与えずに引き金を引いた。反動に耐えきれなかった私の腕は、銃を放り投げてしまった。綺麗に弾けた男の頭は体ごとゆっくりと地面に倒れる。急いで落ちた銃を拾った私は、何も考えずにその体にも何発か撃つ。
初めてだった。私達も銃を持っていたが、持たされていたのは年得上の子ばかりだったからだ。
銃声を聞いた仲間と思しき男が、扉を開けた。裸体を晒す少女の私が、男を殺したことに理解が追いつかなかったのだろう。入ってきた男の胸に一発、腹に三発撃ち込んでやった。
撃つたびに手が痛む。反動で倒れそうになるが、何とか堪える。
無我夢中だった。罪悪感など微塵もない。悪いのは奴らだ。私は他のみんなを探すため、服を着直す。男の血が少し着いていたが気にならない。
二人目の男が持っていた銃を奪った私は、弾が切れた銃を捨てる。
隣の部屋へ。そこには今にも襲われそうになっている私の仲間がいた。
男は銃声が響いたにも関わらず気がつかない程、少女の体に夢中だったようだ。私はゆっくりと近づき、後頭部に銃を押し当てて撃つ。
その男からも銃を奪う。襲われていた子が私に縋り(すがり)付いて泣く。引き離して、ここから動かないように言った。
男どもは実に馬鹿であった。少女の体に気を取られるあまり、私が隣の部屋で銃を撃っても気付かずに、次々と殺されていく。気付いて撃ってきた者もいた。私は扉の影に隠れ、男が発砲を止めたと同時に身を乗り出して撃つ。足、腕と当たった。倒れ込む男の額に銃口を当てた時、命乞いをしてきた。男の相手をさせられていた女の子は泣いていた。私は再度男を睨みつけ、引き金を引く。
悪に情けは無用だ。こんな奴ら、殺しても問題ない。
何故か、気分が高揚してきた私は銃を振り回しながら廊下を歩く。
すると、目の前に部屋から飛び出た男が立つ。手には散弾銃を持っていた。
それに続いて出てきたのは、上半身が裸のイノリだった。
「リリス、あなた」
男の前に立ちはだかり、私を見て言った。
「イノリ、逃げて」
私は叫ぶ。
彼女は男の持つショットガンを掴んで、私を守ろうとした。
だが、男は彼女を引き離し、そのお腹に一発撃ったのだ。
何も言わずに倒れる彼女。私はありったけの弾丸を放つ。
弾が無くなったところで息を切らしながら、私はイノリの側に走り寄る。
「リリス――なんでこんなことに」
「私が皆を助ける。だから死なないで」
先程までの高揚感は消え去り、悲しみに支配されそうだった。
涙が溢れてくる。彼女の苦しそうな顔に雫が落ち、私の顔に手が触れる。
「逃げて。これ以上命を奪ってはいけない――」
彼女の最後の言葉がそれだった。
イノリを撃った男は私達に話を持ちかけてきた人物だった。
立ち上がった私は、散弾銃を手に取り、残りの仲間を助けに行く。
リーダーが殺されたことにも気付かない男達の頭を撃つと、まるで果物を潰したかのように破裂した。
時には拾ったナイフで切り刻み、敵と思われる奴は全員殺した。
そして、皆を集めた私はまたイノリのいる場所へと戻ってきた。
近くにはあのリーダーの死体もいる。
イノリのお腹に開いた穴に手を触れた私は手に着いた彼女の血を見る。
これが死というものなのか。私は短時間で何人を死に導いたのか分からない。
廃墟のホテルから逃げた私達は、ビルに戻った。
幸い、留守にしている間に誰にも荒らされていなかったようだ。
私達はイノリの遺体を持ち帰ってきていた。彼女の本棚から医学に関するものを探す。粗雑だが、お腹を縫って、棺桶の代わりをみんなで作り、彼女の遺体を入れる。
私とイノリがよく一緒にいた部屋に置いた。
翌日、私と数人の仲間は、もう一度あの忌々しいホテルに行った。男達の隠していた物資を漁るためだ。
中には銃、弾薬の他にも食料や通信機器などが見つかった。
使えそうなものは何でも持っていくとうことで、ビルまで運ぶ。
私はそこでようやく彼女の死を再確認した。
あの時は男達を殺す事に夢中になっていたせいで、彼女の死を受け入れられていなかったのだ。
戻ってきた私は、彼女の棺桶に寄り添うように座る。
しばらく考えていた。これからどうするかを。
私は英雄などではない。ただの人殺しにすぎない。心も死んだ人形のように。
頭の中で何かが切れる音がした。
その日から私は“死の人形”、Dead Dollとして生きることを決意する。
人間の心など持ってはならない。情けの感情などは当然捨てなくては。
それから、私は皆のリーダーとして、この組織を保った。
やがて大人になった私達の中に外の世界に行きたいという者が出始める。私は止めなかった。
結果は分かりきった事。出て行った者は皆死んでしまった。
外の世界ではまた新しくシステムにより管理された世界が作り上げられていたからだ。
人はまだ分からないのか、自分達が過去に犯した過ちを。私達のような存在を作ったのはシステムのせいだった。それなのに、また同じことを繰り返している。
許せない。外の世界が、外の人間が許せない。私達がやらなくてはならないのだ。間違った人を正しい方向へと向かせるのだ。それはあのシステムを崩壊させた人の願い。
こうして、私は外の世界を変える事にした。
5
奴は言い終えたと同時に足を高く上げ、その場に音が響くよう地面を踏みつけた。
床と強化ガラスのモニターに少女が犯されている映像が流れる。少女はどことなく奴に似ていた。
「私の過去、傍観するにはいいものでしょう」
何故、こうも笑みを浮かべて淡々と辛い過去の思い出を話せるのか、私吐き気がした。
「人を殺したことで狂ってしまったというわけね」
「これが私自身なのよ。本来の私が目を覚ました」
彼女は相変わらずその笑顔を崩す事なく、私を見ている。
犯される映像に見飽きたところで私は話す。
「あなたがどんなに苦しい状況で生きてきたとしても、人殺しであることには変わりない。同情なんてしない」
「それでいいのよ。でも人殺しと言うならあなた達も同じではないかしら」
どういう意味かと問う。
「その銃で何人撃ったの」
私の側に転がるハンターを見て言う。
「奴らは犯罪者だ。私ではなく、システムが殺すのを選択した」
そこでリリスは声を上げて笑う。
「なら、純粋な少女の体を汚した彼らも裁かれて当然でしょう」
「お前は自分の意志で殺した。まだ公正な裁きが為されていない相手だ」
「その公正な裁きとやらを待つ間に全員死ぬわ。目の前で襲われた人間がいても、システムが悪と認めなければ動けない木偶が法を守る犬とは笑わせてくれる」
私は歯を食いしばる。
「お前達だって、正義という看板を下げただけで私となんら変わりない人殺しだ」
違う。私達は無闇に命を奪っている訳ではない。だが、これ以上は何を言っても無駄だろう。
「私は、お前を逮捕する。それが法を守る者としての使命よ」
「面白い。なら、やってみせなさい」
ここに来るまでにスタンバトンは使い物にならなくなっていた。
だが、問題ない。彼女をすぐに捕まえてはなんともしっくりとこない。
私は奴との間合いを一気に詰める。まずは右から真っ直ぐ拳を放つ。
奴はそれをいとも簡単に避けてみせた。私も当たるなどとは思っていない。
外した私の腕を掴んだ奴は自分の脇にその手を挟み込んだまま後ろに倒れる。完全倒れた所で奴は私の腹に足を当てて投げる。
私は背中から叩き付けられた。痛みを感じる余裕もないほどに早い動作であった。遅れて痛覚を刺激するその投げ技を受けた私は奴が跳ね起きたのが気配で分かる。
私は体を反転させ、すぐに態勢を立て直す。
姿勢の低い状態から走り寄る右の回し蹴りを繰り出す。奴は身を屈めて避ける。私は途中で足を振り下ろす。それが当たる前に、奴が地面を擦るように繰り出した蹴りによって、体を支えていた足が蹴り払われ、地面に倒れる。そのまま乗られるのを恐れた私は地面を転がって距離を開け、立ち上がった。
流れの早い戦闘に私は追いつくのもやっとだ。先程からどうにも体が重く感じる。自身で分かる程に動きも遅くなっている。
戦いに集中しなくては。そう思った矢先だ。離れていた奴が突如、目の前に姿を表した。防御も間に合わず、腹に一発、顎に一発もらった。
骨は折れてない。だが、体重の乗った重い拳は私の脳を揺さぶる。
何が起こったのか分からなかった。
倒れた私の体は何かに縛り付けられたように起き上がるのを拒む。息切れも激しい。
「もう終わりかしら」
相変わらずの余裕を見せる笑みを浮かべた奴は、仰向けになった私に馬乗りになって懐から銃を取り出す。
額に当てられた。
「残念ね、秋月リゼ。もう少し楽しませてくれると思ったのだけれど」
私は奴を睨む。本当は寒いはずのこの場所で汗まで出てくる。
「だけど、あなたは私の中には唯一いないタイプの人間だった。死ぬ前に何故私に勝てなかったか教えて上げようか」
私はかすむ視界の中でも奴を睨み続ける。
奴が答えとやらを話し出そうとした時だ。甲高い音が響く。
私に向けられていたリリスの顔がゆっくりと別の方を見たので、私も首を動かす。
「あらあら、随分と面白いお客ね」
一つは奴、それに対してもう一つ声が聞こえる。
「その答えとやら、私にも聞かせてくれないかしら」
聞き覚えのある声で、そこいるのが誰か見なくても分かった。
6
敵の男は左手のナイフで俺、右手のナイフで蘇芳さんを相手に器用に立ち回る。ハンターを撃つにしても、見方に当たる可能性が高く迂闊には撃てない。
蘇芳さんが隙をついて敵のナイフを弾いた。
しかし、それに焦った男は俺を相手にしていたナイフを彼女の腹に突き刺した。俺は瞬時に男のその左手を肘から折る。ナイフを放したのを確認して直に男の体を掴んで投げる。
『識別なし。照準補正なし。周囲に警戒して発砲を行ってください』
俺は引き金を引く。被弾した男の体が膨らんで爆散した。
蘇芳さんの傷口を確認したが、かなり深い。
医療課に連絡を取ってみる。
すると、香澄に繋がった。庁内に取り残されたままだと言う。
蘇芳さんを診てもらうべく、反対の棟にある医療課まで連れて行くことになった。
東から西への連絡通路が存在する階は、今の場所からだと引き返した方が早い。
彼女を仰向けのまま抱きかかえる。発汗と息切れが激しいのを見ただけで、急がなくてはならない。
最上階を目指すのは後になるが、人名優先だ。
「蘇芳さん、今から医療課まで連れて行きます。気をしっかり持ってください」
「一人でも大丈夫だから――弓月君は最上階へ」
「そんな状態で無理に決まっているでしょう」
俺は口調を強めて急ぎ足で移動する。
曲がり角に差し掛かる度に彼女を壁に寄り添わせ、安全確認をする。
連絡通路に差し掛かった。真っ直ぐな廊下を渡りきればもうすぐそこだ。
一気に駆け抜けよう。そう思い走り始めた矢先、目の前に何かが落ちる。
地面を少し削る程の衝撃を持つそれは、人だった。
身長は裕に二mは越しており、筋骨隆々とした男だった。
俺は彼女を少し下がった所の壁に寄り添うよう下ろす。
ハンターを引き抜くと同時にそれを弾かれた。
鋭い左の拳。俺の頬を切るほどの早さ。
外した隙を狙って胸に体重をかけた一発を当てる。
しかし、恐ろしい筋肉で衝撃が軽減される。
俺は襟を掴もうとする敵の手を逃れるために半歩下がり、右足からのローキックを、相手の右ふくらはぎに当てる。
予想以上の効果を発揮したそれは、少し相手の態勢を崩す。そのまま頭を掴み、顔面に力任せの膝蹴りを喰らわせる。
鼻血を吹き出し、歯の折れた相手はその場に倒れた。
意外にも呆気なかった。
蘇芳さんの元に戻り、再度抱えようとしたときだ。
起き上がった男が俺の首を掴んで壁に叩き付ける。
もう意識を取り戻したというのか。
俺は必死に奴の腕を剥がそうと、足を体に当てて押す。
だが、少ししか効果をなさないその動きは意味がない。
俺は意識が少し遠退き始めてきた。
一刻も早くこの状態から抜けなくてはならない。
しかし、体に入る力が増々弱まる。
もう終わりかと心まで折れかけた。
だが、横から迫る人物に俺も男も気付かなかった。
突然敵の頭部に横からの飛び蹴りが当たる。不意打ちを受けた男は俺の首を放す。同じように少し吹き飛んだ俺は、咳き込んだ。
「弓月先輩、大丈夫ですか」
顔を上げた俺の目の前に立つその横顔は、可愛い後輩のものであった。療養していたはずの小梅エリだ。
彼女の名を呼ぼうとしたが、男が小梅に迫っていた。
敵の攻撃を受け流し、顔面に一発。怯んだ相手の懐に入り込み、腕を床についた状態で蹴り上げる。
よろけた相手に、腰のホルスターから抜いたハンターを向け、引き金を引く。
爆散した相手の血肉が壁、床に飛び散る。
安心したように大きく息を吐いた彼女は銃をしまう。
「大丈夫ですか。香澄さんに遅いから迎えに行くよう言われてきました」
差し出された彼女の手を取って立ち上がる。
「そうか、治療のために来てたのか」
俺は弾かれた自分のハンターをホルスターに戻し、蘇芳さんに駆け寄る。
二人で彼女の肩を担ぐ。
「もう大丈夫なのか」
俺の問いに小梅は真っ直ぐ前を見つめて答える。
「皆が戦っているのに私だけ何もしないのは、もう嫌なんです」
この前の事件で負った心の傷が、彼女を強くしたのだろう。
俺はなんとも言えない感情を胸に苦笑する。
「良かったよ、お前がいて助かった。ありがとう」
彼女は笑顔で力強い返事を返す。
医療課の部屋へ行く最中、思い出したように言った。
「そういえば、端末で庁内のカメラの映像を観ている時にもう一人誰か映り込んでいたんですけど、知りませんか」
「いや、俺達意外に到着した捜査官の話は聞いてない。二係もすぐに来ると言ってたが、もしかしたらもう中に入ってきているのかもな」
小梅の言う人物とリゼのことは気になるが、今は蘇芳さんの心配が先だ。
俺達は引き続き医療班の部屋を目指す。
警視庁、ここは私のような人間が来る所ではないが、この際仕方ない。
私の家を襲撃しようとした認証のない外国人。そいつの身に着けていた通信機から特定した場所が警視庁であった。
もっとも、私はなんとなくこの場所に導かれた気がする。
中に入った私は、エレベーターのボタンを押した。
反応はなし。階段に続く扉が破壊されたのを見ると、入った連中はここを使ったようだ。
階段を駆け上がっていく。
途中にいくつか死体を見つけた。それも爆発したかのような。
刑事が使っている銃のものだろう。実際に使っている所はないが、死体を見た事ならある。
その死体につられてきたのか、武装した人間が複数、目の前に現れる。
確認もせずに撃ってきた。だが、隠れる必要など無い。さっさと殺せば済む。
敵との距離を詰めるため、階段の途中で壁を蹴って踊り場まで飛ぶ。空中で持ってきていた獲物の布を開く。
鞘に収められた刀を一気に引き抜く。
『無白』、私がこの刀に付けた名。真っ白な刀身は浴びた光を反射させ、血で赤く染まる。
敵の持っていた、銃ごと、体を叩き切った。
血飛沫が出る前に、私はその場を走り抜ける。その後も何度か敵に遭遇したが、何の事はない。
私は切り捨てて走るだけだ。
そして、階段を上りきり、開けた空間に出た。地面にはスモークのようなものが漂う中、二人の女性がいる。
一人はもう一人に馬乗りになり、銃口を額に当てていた。答えがどうのと言った話をしている。
倒れてる方は私のよく知る人物だ。
刀の柄を持ち、一直線に投げる。
わざと外すように馬乗りになっている人物の後ろを通過して、中央の柱に突き刺さった。
「あらあら、随分と面白いお客ね」
笑顔で私を見るその人物に私も笑顔で返す。
「その答えとやら、私にも聞かせてくれないかしら」
私の親友、秋月リゼに銃を向ける女に言った。
7
「財閥のご令嬢は随分と血の気が多いのね。こんな物騒な物を振り回しているだなんて」
DDことリリス・カーライルはリゼの上から立ち上がり、階段近くにいるキルアに言った。
やはり彼女がそこにいる。リゼは彼女に話しかけようにも声が出せない。リリスはキルアに少し歩み寄る。
「答えを聞かせてほしいと言っていたけど、あなたにはもう分かっているのでしょう」
彼女のその言葉にキルアは答え合わせだと言うと、自分なりの答えを話し始めた。実に楽しそうに。
キルアは人差し指を立てる。
「一つ目、この床に漂うスモーク。幻覚性作用のある違法ドラッグね。私の部下も手を出したのでお仕置きしてやったことがあるわ」
中指を立てる。
「二つ目、スクリーンに映された映像との連携。この違法ドラッグは単体でも効果を発揮するが、この全面フルスクリーンで流される犯される少女。これが、リゼには別のものに見える。それによる動揺。彼女自身は平気な風に装っていたんでしょうけど、自分でも気付かない内に動揺は大きくなっていた」
最後に薬指を立てる。
「三つ目、あなたの手下達を相手にした戦闘による疲労。これがトドメね。リゼは無茶をするところがある。休息もあまり取らずに疲労の溜まった彼女には、薬の効果は絶大」
当たっているかしら、と腕を組むキルアの答えに、リリスは声を上げて笑う。
「あなた本当におもしろいわ。何故、あなたのような人物にもっとはやく会わなかったのかしら」
その言葉にキルアも静かに笑う。
「私もあなたとは気が合いそうね。特に人を殺すってことに関しては、とても」
奥に隠された狂気、それが露わになるかのような笑みを浮かべる二人は円を描くように歩く。
「それで、なぜあなたはこの薬の効果が表れないのかしら」
「それは私にも分からないわね。まあ、体が頑丈だからとしか言いようがないわね」
興味深そうに返事をするリリス。
「随分と楽しそうね。その体、殺した後じっくり解剖してもいいかしら」
「殺せたらね」
笑い合う二人の動きが止まる。
向かい合った状態から動き出したのはリリスであった。
リゼに対して、違法ドラッグなどの幻覚作用を用いた戦いを行ったが、彼女がそれを使わなかったとしても、リゼに勝機があったか分からない。
あの隔離区画で英雄と呼ばれる権威を保つには、それなりに強さがないと無理だ。
瞬時に間合いを詰める俊敏な動き。そして、力強い踏み込みから繰り出されるバックキック。
キルアはそれを難なく躱す。横に避けた彼女は目の前のリリスの足を蹴る。片足で立つ彼女の重心は不安定だ。
押せば簡単に倒せる。
キルアの蹴りを受けて倒れそうになった彼女は倒立の姿勢に入り、足を器用に動かして再度蹴りを繰り出す。キルアはそれを腕で防ぐ。カポエラか。
そう思ったキルアは彼女から二、三歩離れる。
リリスは倒立を止め、また向かい合う形になる。
「結構な判断力と反射神経を持っているのね」
キルアは答える。
「組織を担う者として嗜みよ」
今度はキルアから仕掛ける。
彼女のシャツの襟を掴もうと首元を狙う。それを嫌ったリリスは、その手を寸での所で掴む。
キルアはもう片方の手から胸元を狙うが、それも止められる。
腕が交差したまま、力が拮抗した状態になった。しかし、それも一瞬しか続かない。掴みにいこうとしたキルア本人が腕を振り払い、二人そろって胴ががら空きになる。キルアは足を突き出す。
リリスもそれに劣らない反射神経を見せた。自分の片足を上げて、膝でキルアの攻撃を受け止めた。
後退したキルアはステップを刻みながらパワーとスピードを兼ね備えたストレートを放つ。
リリスは、身を翻して回転させる。そのままバックハンドを繰り出した。
しかし、キルアはそれが迫るのを知っていたかのように、ストレートを放って
伸びきっていた右手を曲げ、肘でバックハンドを止める。そのまま左手を彼女の脇腹に一発当てた。
軽い攻撃だが、ダメージはあった。
ほんの少し離れた彼女を休ませる事なく再度襟を掴みにいく。
初めて攻撃を受けたリリスは焦りを感じていた。
襟を掴みに来ている手に反応するのが遅れたが、なんとか間に合った。
キルアの手を掴むのではなく、弾いて間合いを取る。
二人の早さは異常だ。
相手より優位な立場に立つにはどうすればいいか。そのための最適な判断が早すぎる。
「もう飽きてきたし、リゼのことも心配だから終わらせましょうか」
キルアが言い切ると同時にリリスの目の前に詰め寄る。
彼女は何が来るか予測する。キルアの左手が指を揃えて開かれたまま迫る。
リリスは片腕で顔、もう片方の腕で胴を守る態勢に入る。
だが、その判断が間違った事を腕の隙間から見えたキルアの狂気的な笑みから汲み取った。
左手はフェイント、本当の狙いは右によるアッパーカットである。リリスの腕は正面からを守るものであり、下からの攻撃には対処できなかった。
まともにそれをくらったリリスの体が少し宙に浮いて、後ろに倒れる。
まだ意識はある。キルアはすかさず、彼女の右肘を踏みつけて折る。
そして、左膝も同じように。
呻く彼女の頭をしっかり掴み、頭突きを喰らわせた。
リリスは体から力が抜ける。
「これぐらいしても、問題ないでしょう」
容赦のない彼女は急いでリゼの元に走り寄り、彼女の名前を呼ぶ。
「あいつは」
苦しそうに問うリゼに、キルアは終わったとだけ返し、彼女を起こそうとした。
すると、銃声と共にすぐ側の大きな柱に傷がつく。
リゼをその場に寝かせたまま振り替える。そこには拳銃を握った女性が立っていた。自分とそう都市は買わないだろう だろうか。
そんなことを考えながら、キルアはゆっくりと立ち上がる。
「危ないわね。使い方はちゃんとわかっているのかしら」
彼女の言葉に女性は手の震えを抑えるかのように力が入る。
「あなたが、彼女をそんな風にしたの」
恐らく、この女の事だろうとリリスを横目で見たキルアは、怯えたように訊く彼女に私は、答えてやる。
再び女性が引き金を引いた。キルアの頬をかすめて、強化ガラスに当たる。
キルアは何も言わずに柱に突き刺していた刀を抜き、彼女を睨む。
先程までの笑顔など微塵も感じない、怒りが全てを支配する。
「あなたは、私達にこれ以上手出しできない。こっちにはテミスシステムがある」
女性はコートの中からリモコンのようなものを取り出す。
そのボタンを押すと、クラッキングシステムが作動し、テミスシステムの機能を停止させられると。
その言葉を聞いたリゼは阻止するべく立ち上がろうと、力を入れる。
しかし、そんなリゼと裏腹にキルアは女性にボタンを押すように言った。当然女性も拍子抜けして問う。
キルアは刀を持ったままゆっくりと歩く。
「好きにしなさい。別に私はシステムが破壊されてもなんとも思わないわ。それよりも、私とリゼに対してやったことの落とし前を付けてもらいましょうか」
彼女がそんなに怒っているのはリゼでも見た事がない。今彼女を止められる人間など、誰もいないだろう。
女性は銃を向けたまま、後ろに後退る。しかし、周りを支えるように、そこに在る柱に背中がぶつかる。
キルアが刀を突き刺した。
一発の銃声と甲高い音が同時に響く。リゼは痛む体を必死に二人の方へと向ける。そこには、柱に刀を突き刺したキルア、恐怖のあまり座り込んで涙を流す女性の姿があった。
「殺す気もないような奴が引き金を引くな」
女性の銃は撃った弾はキルアに当たらなかった。彼女が手に持つリモコンをゆっくりと取り上げたキルアは、その場に叩き付けて踏みつぶす。
そして、何事もなかったかのようにリゼの元に戻ってきた。
「まったく――冷や冷やさせられたわ」
「そんなに怯えなくても大丈夫よ」
打って変わって、楽しそうに語る彼女に担がれた私は気を失った。
同時に階段から複数の足音が聞こえる。それは、蘇芳を除く一係のメンバーであった。
「おい、リゼ。何があった」
アレンがキルアに担がれたリゼの元に走り寄る。
「命に別状はありません。しばらくは安静にさせないとだけど」
キルアに付き添ってアレンが医療課の部屋まで案内することになった。
残りの御堂、小梅、柳は犯人の確保とシステムの安全確認に向かう。
「柳さんはシステムの安全確認を。ここは私と小梅で処理します」
柳は上にあるシステムを目指して走る。
小梅が柱にもたれかかる女性に手錠をかける。そして、上に刺さった日本刀も回収する。
「こいつがDDか」
御堂が倒れるリリスを見て、疑問混じり言った。
長らく追ってきた被疑者に手錠をはめ、事件は一旦幕を閉じた。
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