女頭領成敗す

 市場での騒動以後ターロウは根気よくストーキングを続け、ことあるごとにヴィヴィをけしかけ、街なかでレベッカに母性の象徴を披露させた。


 ご褒美にと小瓶に短剣の切っ先をすこし浸しただけで中身の半分が消えた。


 あまりの大食いにターロウは閉口するとともに、食費のことで先々が不安になった。


 しかし悪いことばかりではない。


「めんどいからあとは自分でやって。力貸したげるからさ」


「そんなことできんの?」


「まあね。でも気をつけてね」


「なにを?」


「むかーしに力貸したらさ、相手の首がボーンて飛んじゃってさ。そいつ寝込んじゃってどこも行けなくてちょータイクツだったの。イヤだよ、お散歩できないの」


「そっちかよ」


 試しに小石を浮かそうとしたがすべて砂となって風とともに消えた。


 しかしエロは偉大なり。


 ボタンを塵に変えるようなことはせず、それを弾き飛ばすようなしょぼいこともせず、乳房の突起部分に穴をあけてコンニチハさせたり、ズボンを履けば偶然を装い股間の部分だけを破ったりとターロウは冴え渡っていた。


 風もないのに耳飾りを落とさせ、かかむレベッカのスカートをまくり上げたりもした。


 そこから下着を足首までストンと落とすまでの二段構えの術の使い手になるのに大した日数を必要としなかったのは、男特有の集中力ゆえであった。





 さすがにこれはおかしいと気付いたレベッカは術師の存在を気にし始め、むやみに出歩かなくなり、外出時は護衛の数を増やして肉の壁を築いた。


 そしてこれは怪しいという者をよってたかってボコボコにした。


 これでは借り物の念動力は功を奏さず、存在がバレるのも時間の問題だった。


「なあなあ、取り巻きを追っ払うのに良い方法ない?」


「んーとね、石に当たったらお腹痛くなるのとかどう?」


「おっ、いいねえ」


「試してみる? それ使ってみて」


 ターロウが落ちている小石を拾い上げると、とつぜん顔が真っ青となり、ダラダラと脂汗が流れる間もなくお腹の中心で雷が轟いた。


「あ、あの、ヴィヴィさん?」


「ごめーんね」


 内臓がぐるぐると回転し始めた――尻穴からの夕立ちは近い。


「き、今日は帰ろうか――あ――ああああああああああああああああああああああ」


 土石流のように腸内を駆ける軍勢に、菊門はあっさりと破られた。


 ヴィヴィは転げまわらん勢いで大笑いしていた。





 不思議な乳出し事件が鳴りを潜めた頃、レベッカは護衛二人と歌をうたいながら夜道を歩いていた。


 とある大仕事の会合の帰途だった。


 酒が入っているために少し調子が外れていた。


「復讐を始める。準備は良いかねヴィヴィ君?」


「おっけー」


 ターロウは夜陰にまぎれ、ほとんど砂粒のような小石を護衛二人に投げつけた。


「うーん、食い合わせが悪かったかな?」


「なんだお前もか?」


「だらしないね。私はなんともないよ」


「これはマズイぞ」


「情けないね、二人とも青い顔して。隅で糞して寝な。私はとっとと帰るよ。糞の臭いを嗅ぎたくなんかないからね」


「しかし」


「私を狙うような金玉の持ち主なんかいやしないさ」


「ですが」


「うるさいね。腹を蹴るよ」


 二人は激しい便意に尻を抱え、路地の闇に消えた。


 景気の良い音が聞こえてくると、臭いが漂う前にレベッカはその場を去り、歌を続けた。


 しばらく一人で歩いていると、ただならぬ気配に腰の剣を抜いた。


「誰だい? 女だからってナメてかかると怪我するよ」


 レベッカは吠えた。


 凝縮された闇の中から何かがぬらりと現れた。


 レベッカが目を凝らしじっと見ていると、それが月明かりに照らしだされた。


「ひっ」


 叫ぼうとしたが悲鳴は喉につっかえた。


「こんばんは、今日はスカートですね」


 鎌首をもたげる蛇かと思ったそれは、天を衝くターロウのマラだった。


 復讐に燃え、縦横ともに三割増しといったところだった。


 つるんとした曲面の銀兜がぼんやりと月を映していた。


「お、お前は手配書の?! いったい何者なんだお前は?」


「お前のような跳ねっ返りに『ごめんなさい』を言わせる者だ」


「なにをふざけたことを、死ね!」


「ほいさ!」


 ヴィヴィの掛け声とともにレベッカの下着がくるぶしまで一瞬にしてずり落ちた。


「な?!」


「逃げるならいまのうちだ頭領さんよ」


 下半身まる出しのターロウは腕組みして泰然と言い放った。


「ひ、ひぃっ」


 あまりの異常さにレベッカは目に涙を浮かべた。


 方向転換しようとしたが下着が足枷のようにからみつき、前のめりに倒れた。


 甲高い音を立てて遠ざかる剣を追って、きれいに舗装された石畳の上を這って進んだ。


 ターロウは悠然と大股で歩き、プリプリとしたレベッカの尻を楽しんだ。


「後悔するがいい――あっ?!」


「アーハハハハハ」


 ヴィヴィの笑い声が夜道によく響いた。


 なにもないところでつまづいたターロウはよろめき「おっとっと……」とおぼつかない足取りでバランス取り戻そうとしたものの、やがて前のめりに倒れた。


 しかしただでは転ばぬターロウは、抜身の肉刀をレベッカの鞘に根本まで収めた。


「は? はあああああああああああああああああああああああ?!」


「成敗してくれる!」


 今宵の肉刀は復讐に燃えて長さも太さも三割増し、これでもかと愛刀を振り回し、盗賊団の女頭領退治に精力的に働いた。


 これに悦びを感じてはいけない。


 会合直後、つまり誰かが盗賊団の暗躍を止めねば。


 それは義賊たる自分の役目。


 ターロウに復讐心はなく、あるのは義侠心。


 女頭領のすみずみまでを検め、奥にしまいこんでいた野望を丹念にすり潰し、これというものを見つけたならばとことん攻める執行機関となっていた。


 やがて赤毛のレベッカはうつ伏せのまま白目をむき、口から白い泡をブクブク垂らし、ビクビクと太腿をうち震わせた。


「ひーひひひ」


 銀兜が月明かりを反射して闇夜を駆け、無邪気な子供の声が夜道の隅々まで響き渡った。

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