復讐するなら準備が肝要
ひどい目にあった。
赤毛の美人を助けようと思ったらまさかの美人局。
しかもなぜかおたずね者になっており、貧民街の住人に追われて棒きれや石をしこたま投げつけられる始末。
銀兜をかぶっていなければ死んでいた。
この不幸の連続コンボはいったいどういうわけだ!
ターロウは何かにつけて思い出しては鼻息荒く、ヴィヴィはその度にクスクスと笑った。
「復讐だ、復讐してやる」
「いよっ、待ってました!」
「しかしどうやって復讐したものか……相手は美人局、屈強な男達が待ち構えてるぞ」
「手伝ったげようか?」
「マジで?」
「ピンチのとき助けてあげたじゃーん」
「でもほら、なんか騙しちゃったていうか」
「気にしてなーいよ。はやく復讐しよ復讐。復讐は蜜の味~♪」
やけにノリ気のヴィヴィが怖い。
だがこれを利用せずになんとする。
短剣を懐にうろつき夜道で後ろからズブリと刺す――これを復讐とは言わない。
これじゃあ単なる犯罪者だ。
「俺は復讐者として、騙されてきた憐れな男たちの代表として、奴に相応しいものをお見舞いしてやる」
ターロウは決意と股間を固くして言った。
「お腹減ったよぅ」
まずは腹ごしらえ――ではなく、復讐の準備段階に入る。
不思議な銀兜のおかげで自らは人参の皮か雑草でも食えばよい、この復讐劇の鍵たるヴィヴィに食費を惜しまずつっこむのみ。
ターロウはいくつか隠してあるヘソクリのひとつを掘り出しに墓場へと出かけた。
貧民街を出て王都西区へと向かった。
この城塞に囲まれた国は交易の要所、人や物は東からやってきては西へと流れ、西からやってきては東へと流れた。
そのためにほとんど毎日のように市が開かれ活気に溢れ、様々なモノが取引された。
様々な店が立ち並び人々が行き交うこの場所では、ターロウの銀兜は大して目立たない。
そうはいっても手配書が出ている以上は変装する必要があった。
捨てるという棒きれを銅貨一枚で買い取り、ローブと肩掛け布をかっぱらう。
腰を曲げ杖をついて足を引きずるようにして歩けば『足の悪い老人』の出来上がり。
移動速度は極端に落ちるが誰もつっかかってくるようなことはなかった。
衛兵、子供、商人、スリ師、冒険者に店の用心棒。
武器に鎧、穀物・果物・香辛料、服に宝飾品、種々様々な花。
雑多に入り交じる喧騒と感情にぶつかり、すれ違い、避ける。
ときどきヴィヴィのいたずらか、人が転び物が転がると、拾うのを手伝う者・盗む者・追う者でごった返して大騒ぎとなった。
そういうことが起きるたびに、ターロウの懐は指輪や果物や硬貨で重くなっていった。
それらもヴィヴィを喜ばせるための仕掛け――誰かが泥棒と叫べば、あるいはヴィヴィ自身が叫べばたちまち衛兵や用心棒にボコボコにされてしまう――そう思うと気が気でなかった。
青ざめるターロウは、ヴィヴィが狂喜乱舞するのを無視し、出店で蜂蜜を選んでいた。
産地や花の種類が書かれたラベルを読むふりをして人差し指を伸ばし、ヴィヴィの反応が良いものをヘソクリの銀貨三枚で購入することにした。
容れ物がないならと瓶代を含め銀貨四枚を支払うはめになり、うまいこと考えるもんだと感心しながら濃い琥珀色でいっぱいに満たした小瓶を受け取った。
「ンおっほおぉぉぉ!」
ヴィヴィが興奮によくわからない叫び声を上げると、何人かの人が振り返った。
しかし活気と人の波に救われた。
勘違いと決め付け各々の仕事に戻り誰も追ってはこないことを確認するターロウは、生きた心地がせず冷や汗でびっしょりで安堵の溜息をついた。
しかしその溜息は途中で遮られてしまった。
誰かが正面からドスンとぶつかり去っていった。
そのぶつかり方に悪意があった。
どこに目をつけているんだと言わんばかりの荒々しさだった。
人が込み入る場所ではよくあることだが、ターロウはショックに固まっていた。
「ん? どったの? うんこ漏れそう?」
「見つけた……」
ぶつかったのはあの赤毛巨乳の美人局だった。
早くよこせと急かすヴィヴィを無視し、ターロウは赤毛女の後を追った。
筋骨隆々の男二人を従える赤毛はちょっとした有名人だった。
どこかで見た顔だと思ったのは間違いなかった。
レベッカ――よくある跳ねっ返り女の名前だ――は、ひったくりから押し入り強盗まで、力で盗めるものならなんでもやるパワープレイ中心の盗賊団の頭領だ。
五十人ほどの構成員をもつ所帯で、殺しも厭わないと聞く。
派手な耳飾りをジャラジャラと揺らし肩で風を切って歩く様は、頭領さまさまだ。
深い切れ目の入ったスカートからは一歩を踏み出すたびに見事な白い太腿をのぞかせた。
胸元を大きく開いた上着からはよく谷間が見えたが、誰ひとりとしてじっと見る者がいないのは、両脇に従える屈強な男達が目を光らせていたからだ。
難癖をつけて金品を奪うつもりなのだ。
「相手にとって不足なし」
他力本願の復讐心が支えのターロウは自らを鼓舞した。
「ねーねー早く蜂蜜食べようよ」
「あの赤毛だ。あいつに『ごめんなさい』を言わせてからだ。だからちょっと――」
「ねーねー死にたいの?」
腰にさした短剣から発せられる凄絶な圧迫感に、心臓がぎゅっと一回り小さくなった。
『ちょっと待て』とは言えない緊迫した空気ながらも、ターロウは懐の小瓶を短剣に近づけたり放したりして気を引き、なだめすかしながらレベッカの後を追い、ひたすらチャンスを待った。
「ねーねーもう殺しちゃおう、ね? それで気分さっぱりするでしょ? しない? する?」
ヴィヴィのイライラは限界にあった。
レベッカたちはなかなか人気のないところへは行こうとせず、獲物を見定めるようにしてひたすら人波を漂い歩いていた。
「もー、なんていうかさー、胸骨ガバッと開いて内臓ドバーでいいじゃん」
「ヴィヴィさん、ナイスアイディアですけど情緒がないよ。もっとソフトにいこう」
「えー、じゃあオッパイ両断?」
「もっとフェザータッチでいいんじゃないですかね?」
「んー、こんな感じ? ほいさっさ!」
混みあう市の人だかりでとんだスプラッターショウが始まるかとターロウは顔をしかめたがそうはならず、プチプチという音の後、行き交う人々にどよめきが走った。
レベッカの上着のボタンがすべてはじけ飛び、見事な重量の白い乳房を公衆の面前に惜しげも無くさらけだしたのだった。
レベッカは顔を赤らめることなくフンと鼻を鳴らすと、はだけた上着を胸の中心で縛り、ツンと上を向く小生意気な突起を隠した。
そして細い顎をしゃくると、付き従う男達が手当たり次第に見物料として金を徴収し、なにか言おうものなら激しく殴りつけた。
これにヴィヴィは満足いったようできゃっきゃと大喜びした。
「いつまで涼しい顔をしていられるかな」
ターロウは期待に股間を膨らませた。
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