おたずね者にも復讐する権利ぐらいあるんじゃないか?
「ジジー、ジジどこー?」
船の錨をつなぐ鎖のような太い三つ編みは金色、エメラルドの瞳をぱちくりとさせ、豊かな眉をのせる小さな額に手でひさしを作って遠くを見やる。
花咲き乱れ水と緑豊かな城の庭園の茂みを分け入り大きな石をひっくり返す。
リュシエンヌは高い高い城塞にぐるりと囲まれたこの国のお姫さま。
すぐ汚れるからという理由から簡素で古びたドレスを着ていても、その顔立ちと身のこなしから溢れる気品とやんごとなき血統を隠すことはできなかった。
一国の姫たる振る舞いをと常々咎められながらも木に登り庭園を見渡す。
それでも見つからなかった。
「ジジどこー?」
「私は猫ではありません」
「ジジ!」
リュシエンヌは勢いよく木からジャンプするも、ジジは衝撃を感じさせることなくふんわりと抱きとめた。
黒髪を結い上げ、腰には刺突剣、鎖を編んだなめし革の胴衣にブーツの男装姿。
ジジとはあくまで愛称、ジルベルトという男のような名前であるがれっきとした女、リュシエンヌに付き従う護衛兼お世話係だ。
「お呼びでしょうか」
「……眠れないの?」
「いえ、少し考え事を」
「そっか……」
「なにか入り用ですか?」
「お願いがあるの、これ!」
「手配書……ですか」
「ちがうよ」
羊皮紙には目鼻口のない書きかけのような人相書きがあった。
「この人を探しています。私の大事な、お、おおおお王子様ぁ?」
ジルベルトの端正な顔立ちがグニャグニャと歪んだ。
黙って城を抜け出したのに気付いてやっと追いついたものの、城下町をうろつく変質者に純潔を汚されてしまった忌まわしい出来事にリュシエンヌは「幸せ」と頬を赤らめ、しばらくの間よく食べよく遊びよく寝た。
しかしこれは国家の一大事、死んで詫びるなど単なる逃避、なんとかしなければと眠れぬ日々が続く中、お姫さまの脳天気ぶりにジルベルトは激しい目眩にたたらを踏んだ。
「これをね、街に貼ってきて欲しいの」
「それでは私がいくつか複製をつくりましょう。ただし依頼人を別の者にします。姫様の名ではいたずらに混乱を招くだけです。連絡が入り次第、私からご報告致します」
「じゃあよろしくね」
リュシエンヌは莞爾(にっこり)と微笑んだ。
その輝かしいまでの笑顔と信頼を裏切ることに胸を痛めながらも、ジルベルトは『たずね人』を『手配書』に書き換えた。
うち何枚かは『情報求む』、うち何枚かは『生け捕りが絶対条件』と書き込んだ。
ここ最近我が姫の腰まわりに妙な色気を感じ、またしても目眩がした。
そして男の股にぶらさがる汚物とそこから発射される白濁液の記憶に、ギリリと歯噛みしたジルベルトは腰の剣を握りしめた。
個人的な恨みではなく、剣としての意味・意思を貫き通そうとしていた。
ぐるりと円形に囲む城塞の中心にはどっしりと構える岩山があり、この頑強な台座の上に立派な白亜の城が築かれていた。
ターロウはこの山城の影となる北側に面した貧民街に住んでいた。
陽のあたる時間が少ないこともあってとくに冬の寒さは厳しく、王都にありながら凍死者が当たり前のように出た。
王は貧民街を見捨ててはいなかった。
しかし結果としてどのような策も効果がなかったのは、的はずれな失策ではなく、国の北側にある大墓地の地下に存在する迷宮から生じる瘴気が災いしていると考えられていた。
冒険者を奨励し迷宮攻略に莫大な財を投入してきたが、この国は交易の要所として発展してきたこともあって財政難はなんとか免れてきた。
さて迷宮探索とは無縁のけちな盗人ターロウは、空腹をかかえ貧民街をぶらぶらと歩いていると、人だかりに出くわした。
学のない者のために、誰かが掲示板に貼りだされた羊皮紙の内容を読み上げていた。
どうやらお尋ね者らしい。
「退治しないの?」
ヴィヴィは人だかりを無視するターロウに名残惜しそうに言った。
「どうせ無銭飲食で刃傷沙汰を起こした冒険者かなんかの荒くれをとっ捕まえてこいとかそういったやつだ。俺はそういう野蛮なのは苦手なんだ。もっとこう芸術的にだねえ――」
「ん? どったの?」
道行く先にたむろする三人の男がターロウをじっと睨んでいた。
「顔面偏差値はおまけして三十二ぐらい?」
「ああ、見たまんまのゴロツキだ。触らぬ神に祟りなし」
左へ折れて路地に入ると、今日は運が悪いことに、談笑する二人の男と目が合うも引き返すのは癪だと思いそのままつっきった。
しばらく路地を進むと、角から女が飛び出してくるや真っ直ぐ駆け寄るなり、
「お願い助けて」
と、悲痛に眉根を歪めて懇願した。
すらりと背の高い赤髪の美人だった。
無理やり服を脱がされたのだろう、左肩があらわとなり、深い胸の谷間が見えた。
白い柔肌にはひっかかれ赤い三本線が刻まれていた。
いかつい顔の男達が四人ばかり角から現れ、手にする棍棒や剣をこれでもかとばかりに見せつけ、ターロウを認めるなり声を荒げた。
「邪魔するつもりなら後悔するぜ。金は取らないでやるからさっさと女置いて消えな」
ヴィヴィは言った。
「お願い使っとく?」
「アホか。もったいないにも程がある」
「じゃあどーすんのさ?」
どういうわけか非常に楽しそうだった。
武器となるのは花の妖精が封じ込められた短剣だけ。
この呪われた兜はなんの約にも立たない。
「なんとかするさ」
「なんとか……してくれるの?」
赤髪の美人はターロウの腕をぎゅっと抱きしめ、目深にかぶったフードの奥をしげしげと見つめて言った。
憂いを帯びても美しく、長くきりりとした眉毛が印象的だった。
呪われた兜を元ネタに一芝居打ってやろうとターロウは自信ありげに答えた。
「策はある。任せてくれ」
女の顔がパッと明るくなった。
「それじゃ困るのよね」
「うっ?!」
女の膝蹴りがターロウの股間に直撃した。
「わぁ。やばーいね、これ」
女は崩れ落ちたターロウの背中に何度も蹴りを入れ、男たちもこれに加わった。
「た、助けて」
「お願い使っとく?」
「もったいない」
「セコいなぁ」
「ヴィヴィ、ごめんな。俺がこのまま死んだらノルマ達成が――ぐはっ」
「もー、しょうがないにゃあ。今すぐオナラして」
股間を蹴られた直後のあの気持ち悪さで屁どころではなく、そもそも殴る蹴るでそんな余裕のないターロウは糞が出る覚悟で腹に力をこめた。
ブビッという湿気た音とともに路地は黄色いもやに包まれた。
「目がぁー、目がぁー」
男たちは目をこすり、咳込み、ある者は嘔吐した。
「チャーンス、チャーンス!」
心底楽しそうなヴィヴィに励まされ、ターロウはよろけながら歩き出した。
銀兜のおかげで軽減されながらも悪臭に気分が悪くなっていた。
見張りと思しき二人組を突き飛ばして路地から脱出し、走りに走った。
「あ、おたずね者だ!」
その一言で貧民街は色めき立ち、手に棒きれや石を持って追いかけてきた。
これでも食らえともう一発屁をひねると、大御所が尻の穴から顔を出した。
ヴィヴィがきゃっきゃと大喜びするのを聞きながら、ターロウは尻のあたりの湿り気を無視して全速力で逃げ出した。
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