盗人にはお仕置きを、愚か者には祝福を
さてさて事の発端は、自称義賊のけちな盗人ターロウがまだ日が高いというのに、首が痛くなるような高さの壁を乗り越えたところから始まります。
するり金持ち商人の屋敷に忍び込むと、倉庫の高窓から中へと滑りこみました。
現金は望めなくとも小さくて金になるようなものをいくつか拝借し、のちに自らのものを買い取らせ、その金を貧しい家々にばらまく算段でした。
しかし問題はあまりにも多くのものがあり過ぎて、どれを選んで良いのやら困っていた。
剣に鎧に壺に絨毯に石膏像に張り型という具合。
実用品から装飾品までありとあらゆるものが棚に雑多に積まれ木箱に押し込められていた。
さてどれにしようかと目を閉じ耳を澄ませるターロウは、『こっちへおいで』という心の声に従いその方向へと進んでいった。
しかし目を閉じたまま歩いていたのが悪かった。
瑪瑙の花入れを踏んづけ盛大にすっ転ぶと、宝物の数々が雪崩となって襲いかかった。
いやはや困ったと仰向けになっているターロウは、右手に何か掴んでいるのに気付いた。
蝋紙で封をした小さな壺だった。
振れば自然と笑みがこぼれるジャラジャラという心地よい音が鳴った。
紙を破りコルク栓を抜いて逆さにしてみたが、不思議なことに何も出でこなかった。
ずぼらに寝っ転がったまま壺を覗くと、中から白いものがドロリと溢れ、ターロウの顔を覆い尽くした。
あっちへ転がりこっちへ転がり、お宝の上を激しくのたうち回りながらあらゆる手を尽くすも引き剥がすことはできず、息苦しさが心地よさに変わって意識が遠のき、ついには気絶してしまった。
クスクスという子供の笑い声に目が覚めた。
「誰だ?」
「お前こそ誰だ?」
声のトーンを落とした偉そうな声が返ってきて間もなく、またクスクス笑いが戻ってきた。
腹のあたりから声がするも子供が乗っかっているような重さは感じない。
「おはよう、コソドロ君!」
腹の上の古びた短剣が喋っているのに気付いた。
「ナイフがしゃべった!」
「ヤカンがしゃべった!」
「は?」
「は?」
オウム返しに黙りこくっていると、幼児が親に問うような、純然たる疑問の声が投げかけられた。
「なんでヤカンかぶってるの? 今はそれがナウいの?」
ハッとして顔や頭に手をやるターロウは、丸みのあるひんやりとした感触に青ざめた。
鉄兜か何かを被っているのは間違いないのであるが、視界ははっきりくっきりこれまで同様クリアだったからだ。
一体どういうわけだ?
「あたしお花の妖精ヴィヴィ! イタズラが過ぎて封印されたおちゃめさん。あなたのお名前なんてーの?」
なんだ夢かと苦笑いが漏れたが、継ぎ目も留め金もないこの兜を取っ払う方法を知っているかもしれないと考え、ひとつ咳払いをして答えた。
「ターロウだ。私腹を肥やす金持ちに正義の鉄槌を下す大泥棒、人は俺を義賊と呼ぶ。これもなにかの縁、ヨロシクな。それでちょっと聞きたいんだが――」
「助けてあげてもいいよ」
「本当か?」
「本当だよ」
「それじゃあ早速お願いしたいんだが」
「条件があるよ」
やっぱりそうきたか。
「俺の魂もってくんだろう? それはダメだ」
「ちがーうよ。遊びに連れてって」
「は?」
「もーここ飽きちゃった」
「遊びに連れてったらこれ外してくれんのか?」
「やり方次第だね」
「やり方次第?」
ターロウが首を傾げると、
「おい、やっぱり中に誰かいるぞ! 盗人だ! 笛を吹け!」
そこかしこでピーピーと笛が鳴り、ガチャガチャと錠前を外そうとする音とともに男達の荒い声が聞こえてきた。
これはまずいとターロウは短剣を腰にさし、高窓から外へと抜けだした。
「お、おっかけっこだ。遊びに出してやったぞ。早くこの兜を取ってくれ」
走るターロウは後ろを振り返り、追っかけてくる男達をちらと見るなり叫んだ。
「お安いご用さ! 魔法の呪文、ちんぽこちんちん・ちんぽこちん!」
短剣が妙ちくりんな魔法を唱えるが溢れる光の粒も怪しい煙もなく、なにか素敵なことが起きる予兆もなく、あるのは背中に突き刺さる怒号だけだった。
「……取れないぞ」
「あー、ダメっぽいね」
「役立たずめ。お前のようなガラクタに用はない」
ターロウは茂みに短剣を投げ捨てた。
しかしブーメランのように空中を舞い、Uターンして戻ってきてしまった。
「うーんとね、いろいろ省略したけど三つの願いを叶えてあげる」
「それって願いを叶えたら魂刈り取ってくタイプじゃねえか! どっか消えてくれ」
「姿を消せばいいのね? お安いご用さ」
「ちょ、ちょっと待った!」
「ちょっと待てばいいのね? お安いご用さ」
ちらと後ろを振り返ると、剣や手斧をもったガタイの良い男達が間近に迫っていた。
ターロウは顎を引き、脇目もふらずに全速力で走った。
「ちょっと黙ってたらわかんないじゃん。どうすんの? 消えるの? 待つの?」
「ポンコツめ。人の揚げ足とるんじゃない」
「三つの願い叶えないと離れらんないだけだよ」
「あ~同時に二つも呪いをもらっちまうとは。不幸だ……」
「ちがーうよ。ノルマがあるから協力してねってこと」
「魂は?」
「そっち系じゃないんだよね」
「うーん、あいつらをどうにかしろっていうのはもったいないしなぁ」
ターロウは脱出地点と決めていた木にスルスルと登っていった。
「……よし、決めた!」
「なになに?」
「俺をモテモテにしてくれ」
「あ、いいねそーいうバカっぽいの。女の子にキャーキャー言われたいってことだよね?」
「そうだ。可愛い子にもみくちゃにされてウハウハでくんずほぐれつな人生を送るんだ!」
「合点承知の助! 魔法の呪文ちんぽこちんちん・ちんぽこちん! ロクデナシよモテモテのリア充になーれー」
ターロウは一瞬身体が軽くなった気がした。
そして目に映る景色が、いつもと違って輝いているような気がした。
しかし効果を試すことができるような女の子はおらず、遠くにむさい男たちの姿が見えた。
木から壁まで少し距離があった。
壁の上部には槍の穂先のようなものがいくつも並び、飛び越せなかった場合串刺しになるかボコボコにされるかのどちらかで、どちらにしてもタダではすまない。
願い事と異なり、チャンスは一度だけだ。
「明るい未来に向かって勝利のジャーンプ!」
宙を泳ぎ、壁を越え、骨折することなく着地した。
しかし壁のとんがりにズボンをひっかけ、フルチン状態となっていた。
尻の穴に突き刺さらなかっただけマシと考えればなかなかのものだが、最悪の状態を免れただけで悪いことに変わりはなかった。
ターロウはくじけない。
壁の向こうから『入り口に回れ』『木に登れ』という声が聞こえてきたので、フルチンではあるが、走りだした。
頭をすっぽりおおう兜で顔は見られないから心配無用だ。
「ど、どうなんだ? ……モテモテになった?」
「モッテモテのモッテモテ」
「どれくらい?」
「当社比1.5倍くらい」
「トウシャヒってなに?」
「うーんとね、小数点以下を1.5倍しても小数点以下でしかないってこと」
「ん? ん?」
「だ~か~ら~素が良ければいい感じだけど、駄目な人には気持ち程度? 人間モテようと努力しなけりゃ駄目ってことだよね」
「おい、それって詐欺――」
「ほらほら追いつかれちゃうよ。そこの角曲がって」
こうしてけちな盗人ターロウが角を曲がると、この国のお姫さまの処女を奪って童貞を捨てるだけにとどまらず、三度も絶頂に至る幸運に巡りあうのだった。
だがこれを原因に命を狙われることとなった。
しかし若気の至りか妖精ヴィヴィにそそのかされてか、ときに悪事を砕き、ときに人様に迷惑をかけ、ターロウは波乱万丈の表現規制ギリギリの大冒険へと旅立つのだった。
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