第7話 出発

今日から三日間、アルトリアでは


学校も多くの大人たちも休みになる。


春祭りが開催されるからだ。


この間、黄色通りを中心に街は


国内外からの観光客も交えて人でごった返す。


昼夜問わず歌や踊り、様々な催し物で賑わい続けるのだ。


盛り上がりが最高潮に達するのは最終日の午後六時。


並ぶ篝火に照らされた黄色通りを、


黄色の衣装や冠を身に着けた参加者が


住人・旅人の区別なく踊り歩く。


建国前、のちにアルトリアの街が建つ土地は、


黄色の花が咲き乱れる場所であったという。


広大な平原一面に無数の花々が揺れる。


祭のたけなわは、今は失われたその光景を人々が偲び、


年に一度限りよみがえらせるものだったのだ。





だがしかし、子供たちにはさして興味のそそられない話である。


デスゾルカらが『冒険』の日に選んだのは


まさに祭の最終日であった。


皆の意識が祭に集中する。


ミムナとエリエルも参加するし、キリクの家は掻き入れ時となるし、


ラァズの父は警備のため会場から離れられない。


最も自由に動ける日となるのだ。


ちなみに、一日目と二日目はしっかり祭を楽しんだ。


「それで、どこに行くの」


ひとまず秘密基地の前に集合すると、ラァズが尋ねた。


「アラネスの滝を目指す!」


ある方向を指差しながら、デスゾルカは宣言する。


彼の示す先には、立ち並ぶ木々の折り重なった葉しか見えない。


そちらを向くこともなく、キリクは肩をすくめた。


「おれらの足じゃ、何日かかることか」


「…別に今日はたどり着けなくてもいい。


 けど、いつかクァドーン台地に一番乗りする!


 そのためにも、目指すだけ目指す」


クァドーン台地は行く手を阻む地形と、


断崖にある横穴を棲み処とするという


怪鳥によってこれまで全ての挑戦者たちの進入を拒んできた。


アルトリアの住民にとっては姿を目にすることもでき


身近な場所のようでもあるが、


誰一人その上に到達した者はいないのである。


よって、この街に住む少年ならば一度は夢見ることがある。


自分が彼の地に立つ最初の人間となることを。





「正規勇者たちが魔王を倒そうとしている今…


 この大陸を守れるのはそこに住むおれたちだけ!


 おれたちも、勇者になるんだ。そのためには、冒険だ!」


デスゾルカは拳をぐっ、と握り締め力みながら言ったが、


ラァズはため息をつく。


「意味がわからない…」


「バーライン・ナイトいわく!


『勇気は誰もが持っている。

 

すなわち、誰もが勇者となる資質を持っているのである』!」


「お前、あの偉そうなオッサンの言うこと真に受けてるの?」


と、キリクは首を振った。


バーライン・ナイトは、『勇者評論家』を自称する人物だ。


歴代の正規勇者やそれを目指す者たち、


他著名な豪傑などをテレビや誌上で勝手に論評している。


本人によると自らも歴戦の猛者らしいが、


彼の実績は誰も知らない。


「まあいいや、さっさと行こうぜ。


 いざとなったらおれは野宿でもいいけどな、


 食い物もたんまり持って来た」


「ええ~、それは困るよ。


 もしそうなったら今度から基地にも母上がついて来るよ」


「キリク、よく言った!ラァズ、お坊っちゃん!よし、行こう!」


「…前々からきこうと思っていたんだけど、お坊っちゃんて悪口?」


時刻は午前九時。


デスゾルカはレビブレイドを、


他の二人もカレカ宅の倉庫の隅に転がっていた


古い剣を腰に携えている。


それ以外にも食糧や水、傷薬など準備は万端。


今、三人の初めての冒険が幕を開けた。

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